The Penelopes - When Tomorrow Comes (1997)

 The Penelopesの楽曲を色々とスライドショー(そろそろ画像がワンパターンになって来ましたが・・・まぁ音の紹介が主目的だということでご理解下さい)で振り返っておりますが、今度は97年のサードアルバム"KIss Of Life"からの曲に行きますね。"When Tomorrow Comes"。




 このアルバムは移籍した新しいレーベルCreativeman Discから、自宅録音で作るよう言われ(当時流行りつつあった「ローファイ」ブームに乗せようという意図があったんじゃないですかね)、悪戦苦闘しながらはじめて殆ど全部自分でやった作品ですね。また震災直後の95年の一年間で作られた作品なので、色んな意味でその影響が大きく出てます。冷静に聴くと音質、アレンジとも何とももどかしい部分が多々あるのですが、またそれゆえの面白さ、何しろすべて手探りだったがゆえのハチャメチャさというのもまたあるかと思います。それに何より、創作への強い思いがありました。それがいわば唯一の支えで、それがなければ潰れてしまいそうになる自分を奮い立たせる闘いでもあったことを思い出します。

 闘いというのはこういうことです。この曲を書いた時期というのは、ただただ出口の見えない日常のなかで、普通にしていたら強烈な震災の記憶から立ち直れずどんどん落ち込んで行くばかりだったんですね(変に思われるかも知れませんが、意味も無く涙が出て来たりする訳ですよ)。そんな状況で、呆然としたままの、まるで死んだような心を何とか奮い立たせなければいけなかったんですが、当然ですが日常のなかではどうしてもこの空しさが埋められない。仕事で毎日阪神間のどこを訪れても(電車も走れないため行くのも結構大変でしたが)悲惨な光景に落ち込むばかりで。それに、心に湧き上がって来る様々な未知の感情にみずから戸惑う事がどんどん出て来たんです。阪神間の街(いわば人間の作ったもの)の廃墟のような光景に象徴される物質文明のはかなさと、しかし春になると決まったように新しい命が芽吹き花が咲き、夏になると実がなるというサイクルを繰り返す自然の逞しさ・・・このふたつのあまりの違いは大変な衝撃でした。そして、やっとのことで電車に乗って大阪に行くと、何もなかったように今までと変わらない便利な生活がそこにあって。それはいままでの自分の生活そのものなのに、その暮らしぶりがいままでとは全く違うものに見えている自分への驚き、そして震災の街に暮らす人々の思いが外に届かない苛立たしさ(雑誌などを読んでは猛烈な怒りに震えていたものです)。そんな、新たに芽生えた不思議なものも含めた様々な感情がないまぜになっていたんですね。モノを作ることでそんな心情を吐き出して整理し、いわばリハビリをしなければならなかったといいますか。

「どれぐらいこんな風にしてたんだろう 春がいつドアをノックしたのかも忘れていた 今僕はここで 空っぽの心のまま立っている」
「近くの小川で鳥のさえずりがきこえる 風がやさしく顔をなでる それでますます落ち込んでしまう」

「明日になったら 君はわかってくれるだろう 僕に起こったことを 泣くつもりはないよ だって 希望の光は見えるんだから」

  物理的な被害と言う意味では私は幸運にも大したことにはなりませんでしたが、14年経っても、いまだに苦しみを抱えている方々はこの地域にたくさんおられます。結局のところ、あの震災は色んな意味で色んなことを大きく変えた・・・今でもそう思うのです。

(mixiより転載)


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by penelox | 2008-12-28 19:54 | The Penelopes関連


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