YouTubeで記憶と実態を繋ぎ合わせる

Watanabe's Pop Picks 131
"China" - Red Rockers
from the album "Good As Gold" (1983)


 ミッシング・パーソンズでアメリカンNew Waveにふと足が止まったので、そのあたりを色々と聴いています。

 今考えると、80年代半ばにもうちょっとアメリカンTop40を色眼鏡無しにチェックしとけば良かったなぁとか思うことしきりなのですが、その後現在まで色々と聴いて来て、今では様々な音楽が好きだからそう思うんであって、これはこれで仕方ないんでしょう。そういう意味で、つくづくYouTubeは有り難い。当時雑誌を本気にして、New Waveこそ最も進歩的な音楽であり、Punk/New Wave=イギリス物、で、アメリカ物は一段下・・・と勝手に位置づけてた自分を見直すチャンスをどんどん与えてもらってる気がします。

 もともとイギリスのPunkにしてもNew Waveにしても、本当はアメリカのNew York Punkからインスパイア(あるいは悪く言うとアイデアを拝借した)された部分も大きかった訳ですが、80年代に入って来ると、MTVの登場が追い風となった第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンの影響で、今度は英国勢に米国勢が影響される、という事態が本格化して来まして、そういうお互いの関係がまた面白いところでもあります。スクイーズのグレン・ティルブルック氏のソロアルバムのタイトルではありませんが、英国と米国の「大西洋を挟んでのピンポン」("Transatlantic Ping Pong")を楽しむのも、ロックミュージックを中心としたポピュラー音楽の面白みのひとつかも知れませんね。

 サンフランシスコからロンドンへの回答・・・というノリだったのどうかはわかりませんけれど、80年代初めに日本でもこの地の415レコードという北米で最も早い部類のPunk/New Wave系レーベルの作品がいくつか紹介されたことがありました。当時日本で出たもので記憶しているのは、Romeo Void(ロメオ・ヴォイド)、Translator(トランスレーター)、Wire Train(ワイアー・トレイン/この人達はこのレーベル時代に日本発売されたのかは不明です)、それにこのRed Rockers(レッド・ロッカーズ)。このなかで一番好意的に紹介されていたのが女性Voをフィーチャーしたロメオ・ヴォイドで、60'sフォークロック的色合いを持つトランスレーターは向こうで評価が高いけれどセールスポイントを見つけにくく感じている様子、そしてこのレッド・ロッカーズはというと、少々ゲテ物風の扱いで・・・大まかに言って日本のメディアではそんなだった記憶があります。私も十代でしたから、当然書かれている通りに思わされてしまった訳ですが、レッド・ロッカーズはホントにそんな奇天烈だったのかなぁ・・・私の中の天の邪鬼がまたもたげて来まして、改めて色々聴いてみることにしました。まずは一番有名なこの"China"。



 もともとクラッシュに影響を受けたニューオリンズのパンクバンドだったにもかかわらず、New Waveの珍奇な面を強調するのに格好のネタになってしまうのは、おそらくこのあまりにストレートな名前(特に当時の日本ではおちょくられそうな名前)と、この2ndアルバム"Good As Gold"(1983)からのシングル"China"というタイトル、ナイーヴなオリエンタリズムに終始するような内容のPV、これしかヒットしなかった所謂一発屋("One Hit Wonder")・・・これらの情報から想起されるイメージがすべてだったのではなかったでしょうか。この曲自体は当時も今も、割と真っ当なラジオフレンドリーなポップロックという印象なんですよね。だから余計に、中国とアーティストのあいだにどういう繋がりがあるのかがわからないので不思議な感じ。ただギターのリフの音階はもしかしたら、オリエンタルを勘違いしてのものなのかもしれないですが(笑)。

 余談ですが、改めて考えると、単にこれは当時の英米ポップにおける中国やアジア風の流行というだけだったのかもも知れない。確かに急に多くなって来てたんですよね。Wang Chuangなんてバンドがデビューしてたし、デヴィッド・ボウイも"China Girl"、Japanが"Vision Of China"をヒットさせてました。FixxやEndgamesにも日本か中国かという、その手のPVが当時ありました・・・考えてみたらVaporsの80年のあの"Turning Japanese"もそうでしたね。そういう、欧米の極東への関心というか、視野の広がりが80年代前半にはそこまで来ていた、そういう段階だった・・・という象徴だったのかも知れません。


 こちらはデビュー当時、1stアルバム"Condition Red"(1981)から。この頃はまさにアメリカ版クラッシュという趣でしょうか。これを聴くと逆に、何で"China" みたいな曲が突然生まれたのか不思議に感じたりもします(どういうきっかけで"China"が生まれたのか、インタビューがネットで見つかったら面白いのですが、発見出来ず)。

■Guns Of Revolution(1981)



 以下は3rdアルバム"Schizophrenic Circus"(1984)から。何とバリー・マクガイアの「明日なき世界」のカヴァー。この曲を聴くと、60'sフォークロックも彼らのルーツとしてあること、Punk/New Waveとアメリカ左翼的な志向性の根っこでの繋がり、ゆえにバンドのなかでの"China"みたいな曲の位置づけも自然と馴染んで来る気もして来ます。

■Eve Of Destruction


■Another Day



 彼らが殆どまともに受け取られなかった理由を思い返すに、やっぱり当時の日本の状況とは水と油だったからかなぁという気もしますね。80年代前半当時の日本はバブル寸前でしたから、戦後から70's初めまで燃え盛っていた社会運動のムードはもはや日常からは消えていて、国民全体がその「アカ」い時代の記憶を完全に過去に封印しようとしていた時期だったんですよね(後でイギリスに行ってよくわかるのですが、80年代の日本では進歩主義的な指向に対してあまりにも負のイメージが作られ過ぎましたよ)。高度経済成長は完成し、経済一辺倒で色んなものを捨ててきた罪悪感もなくはないけれど、豊かになったから良かったんじゃないかと、正当化してそれ以上考えないようにし始めた時代。そんな時に突然こんな、忘れている記憶を波立たせるような名前のバンドが、資本主義の総本山たる国から登場したのですから、そりゃ日本の音楽メディアはどう扱って良いかわからなかったでしょう。しかもクラッシュ的な路線とか、青春パンクとか、あるいはハードコアとか、いかにも想像のつく方向に進むのではなく、突如"China"というシングルですから、真剣に受け取られないのは運命だったように思えます。バンドの音の変化とプロモーションのタイミングと、色んな条件が絡み合ってヒットしたりしなかったりする・・・まぁそんなもんでしょうけれど、難しいものです。


 ともあれ。音を繋げて聴いていくとまた違う側面が見えて来る面白さ。今こうやって過去の記憶と実態を繋ぎ合わせ、内なる偏見が変えられて行くのは有り難くもあり、懐かしくもあり、そして何より楽しくもあります。

 と言う訳で、改めて、YouTubeに感謝! (笑)


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シングル "China" (1983)









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アルバム "Good As Gold" (1983) - 日本盤はこのデザインではなくて、確かシングル"China"のジャケットと同じだったような・・・








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アルバム "Shchizophreniic Circus"(1984) - 邦題が「スキゾ・キッズの大サーカス」などという、浅田彰先生もビックリのものでした。しかし、確かに原題にもスキゾフレニック(精神分裂症の)なんて言葉が使われているのであった・・・












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by penelox | 2009-07-26 13:21 | Pop Picks


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