11月5日 「中曽根元首相と海軍慰安所」

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 高知市の平和資料館・草の家の研究員が、アジア太平洋戦争当時、海軍主計中尉だった中曽根康弘元首相と海軍慰安所設置を結びつける資料を発見したとして、その説明会が行な­われた。




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 中曽根康弘元首相と海軍慰安所設置を結びつける資料発見についての反応や、「慰安婦」問題全般について説明、その後質疑応答が行なわれた。




「中曽根元首相、慰安所「取り計らい」 旧海軍資料に記述」 (asahi.com 11月1日)

中曽根康弘元首相が旧海軍の主計中尉のころ、ボルネオのバリクパパン(現インドネシア)で慰安所の設置に関与したことを示す旧海軍の資料を市民団体「平和資料館・草の家」(高知市)が入手し、発表した。中曽根氏は回顧録で「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と記していることがすでに明らかになっている。

 資料は「海軍航空基地第2設営班資料」。同館が防衛省防衛研究所の史料閲覧室で見つけた。「第二設営班 矢部部隊」の活動状況が25ページにわたり記されている。隊長、工営長、軍区長と並び、主計長として中曽根氏の氏名があった。

 資料によると、部隊はダバオに上陸した翌1942年にバリクパパンで飛行場の整備などに従事。その際、「(隊員の)気荒くなり、日本人同志けんか等起る様になる」などとして、「主計長の取計(とりはからい)で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」と書かれている。慰安所の場所を示す地図もあった。

 27日に記者会見した同館は「中曽根氏が現地の女性を集めて慰安所を設置するよう計らったことは明らか。軍の関与を示す重要な資料」と主張している。

 中曽根氏は「終りなき海軍 若い世代へ伝えたい残したい」(文化放送開発センター出版部、1978年刊)に回顧録を寄稿。設営隊の主計長としてバリクパパンに上陸した当時を振り返り、「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある」と記していた。

 中曽根氏の回顧録をめぐっては、辻元清美衆院議員(当時社民党)が2007年3月に質問主意書で取りあげたところ、政府は答弁書で「回顧録の中に(慰安所の)記述があることは承知しているが、関係者からの聞き取り調査については答弁を差し控えたい」と回答していた。

 朝日新聞は記者会見があった27日、中曽根康弘事務所にコメントを求めたが、31日までに回答はなかった。(中島嘉克)


「土人女を集め慰安所開設」中曽根元首相関与示す資料 高知の団体発表(しんぶん赤旗10月28日)

 中曽根康弘元首相が、戦時中に慰安所設置に積極的に関わっていた資料が防衛省の公開している文書の中から見つかったと、高知市の平和団体が27日、高知市内で発表しました。

 明らかにしたのは、高知県内の戦争遺跡の調査や保存に取り組んでいる民間団体「平和資料館・草の家」の岡村正弘館長や馴田正満研究員(63)ら。

 今回見つけたのは「海軍航空基地第2設営班資料」。当時の第2施設隊(矢部部隊)工営長の宮地米三氏(海軍技師)の自筆を含めた資料をもとに1962年に防衛省(当時庁)がまとめたものです(26ページ)。第2設営班の主計長が中曽根氏です。

 資料には班の編成や装備、活動内容とともにバリクパパン(インドネシア・ボルネオ島)で飛行場整備が終わり、「氣荒くなり日本人同志けんか等起る」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」(原文のママ)と書いています。バリクパパン上陸前の地図と上陸後、民家を接収し垣やトイレをつくり慰安所にした地図もあります。

 中曽根氏は『終りなき海軍』の本で「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と書くなど慰安所建設は認めていました。しかし、外国特派員協会の記者会見でも「慰安所は軍人らが碁を打つなど休息所の目的で設置した」と、いわゆる「慰安婦」を置く慰安所設置は否定していました。

 研究員は資料で(1)中曽根氏が慰安所建設に積極的にかかわった(2)インドネシア人女性を集めて慰安所をつくった(3)42年3月11日に海軍基地内に慰安所が開設されたなど具体的な記述がある(4)慰安所内の配置図が明らかになった―と説明。「防衛省の所蔵文書で確証は高い。中曽根氏が慰安所設置に能動的に動いたことが分かる。中曽根氏自ら真実を明らかにするとともに、政府はさらなる調査をすべきだ」とのべました。

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当の中曽根氏はこう述べていました。全くの嘘だった訳ですが。

中曽根元首相:旧海軍時代に慰安所つくった記憶ない-慰安婦問題(Bloomberg 2007年3月23日)

3月23日(ブルームバーグ):中曽根康弘元首相は23日午後、日本外国特派員協会で記者会見し、自らが旧海軍時代に従軍慰安婦が詰める「慰安所」を設置したと指摘されていることについて「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」と否定した。

従軍慰安婦問題への旧日本軍の関与の実態に関しては「具体的なことは知らない」と述べるにとどめたが、「日本として謝罪すべき問題だ」とも指摘した。また、米下院に提出された旧日本軍の従軍慰安婦問題に関する対日非難決議案へ日本政府が取るべき対応について「結果次第だ。考えるべき問題があれば考え、処置すべきことがあれば処置すべきだ」と語った。

また、安倍晋三首相が、当時の官憲などが慰安所の設営や慰安婦の募集・移送に関与していたことを認めて「おわび・反省」を表明した1993年の河野洋平官房長官談話を継承する、としていることに賛同する考えを強調。その上で、「日本政府、国民は正式な謝罪を行っている。改めて政府が言うチャンスがあれば必要だ」とも語った。
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by penelox | 2012-01-26 23:59 | 震災/原発関連+社会全般


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