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いつの頃からか、英国のリアルタイムの音楽の多くが、自分にとってはあまり楽しめないものとなってしまった。それは、質的な問題なのか、はたまた私の興味の問題なのか...考えてみれば、ずっとどこかでそれを考えていた気がする。 それを考えるためには、自分が好きだった英国ポップの良質な部分-人間としての誠実さが音楽に結実していた、と言ったら陳腐に響くのだろうか。しかそれが花開いていたと感じられるのは、やはり60年代から広い意味でのNew Waveが終焉する80年代半ばから後半ぐらいまで、というのが正直なところなのだが- が、どういった社会的背景のもとに成立していたのか...それを英国本をもとに探ってみるのも面白い。どちらも英国音楽についての記述は全くないのだけれど興味深かった英国本2册を。 この10年足らずでの改革で、英国という国自体、自分がその音楽に心酔していた10代後半から20代初めの頃(80年代初め)とは、かなり変わって来た。概略としては、97年に保守党が18年の長きに渡った政権の座を降り、ブレア率いる労働党政権がその後の10年弱で新しい英国を構築して来たということ。それは、単にサッチャー以前の高福祉路線に逆戻りした、というものではなくて、戦後ヨーロッパで開花した社会民主主義的福祉国家路線(第一の道)、「サッチャリズム」による小さな政府、新自由主義的路線(第二の道)を土台とし、市場の効率と社会正義や平等の両立を目指す「第三の道」であったという。 その事が詳しく書かれているのが「ブレア時代のイギリス」(山口二郎・著/岩波新書)。ただし、その後のイラク戦争参戦の理由に関し、ブレアが国民を欺いていた事(大量破壊兵器の有無)が露見すると、支持率は急落し、今では既にポスト・ブレアに興味が移っているという惨状だ。 著者はそれでも、ブレアの政治改革の路線自体は高く評価しており、日本の政治と比較し、内実はもちろん違うところも多々あるのだけれど、従来の自民党政治を「第一の道」、小泉による新自由主義路線を「第二の道」と規定し、「第三の道」を模索せよ、と提言している。 政治学者による書なので、エンターテイメント的面白さがある内容ではないのですが、だいたいの英国政治の流れをつかむのに良い本でした。 考えてみれば自分が好きな英国音楽がリリースされていたのは主に「第二の道」の初期で、その時代の音楽には簡単に言えば、「第一の道」時代の文化的豊かさを享受していた、知っている人達によるサッチャリズムへの抵抗の側面があったと思う。60年代の音楽というのは「第一の道」の時代に開花したもので、こちらももちろん好きなんだけれど、同時代のものとして聴いていたものではなかったから、リアリティーという意味ではちょっと違う。留学していた頃は、「第二の道」の中期で、抵抗さえ薄れつつあった、という感じかな。当時の英国の閉塞感はとても印象に残っている。その後すぐいわゆるマンチェスターの動きが出て来るのだけれど、これは端的に言ってドラッグカルチャーだから、音楽そのものは好きなんだけれど、あまり建設的には受け止められないところもあって、複雑な心境だった。また、自分で音楽を作りたい、という思いも出て来たこともあり、その後英国音楽からは興味がだんだん離れて行った。 ちなみにブリット・ポップは「第二の道」の末期で、リヴァイバル的な何かを求める気風が英国国内に横溢していたとも取れるし、よりメディアによる操作が巧妙になったとも言える。またこのへんは、どれくらいの年齢だったかも関わって来るのだろう。 「第三の道」以降の音楽がもうひとつわからないのは、リアルに、手に取るように音楽の内面に共感出来るものがなかなかない-それに尽きるのだけれど、これはもうそんな歳じゃないから、とも言えるかな。 そういう色んなことが、はからずも思い出された。 「しのびよるネオ階級社会」などの書で、あまたある英国礼讃本とは違う視点を提示し続ける著者による、「これが英国労働党だ」(林信吾・著/新潮社選書)は、滞英経験豊富な作家/ジャーナリストの書であるがゆえか、保守党、労働党の現役の議員への直接取材による人間描写が、客観的事実の積み重ねによる論考的ニュアンスの前書の学者的冷静さよりも熱い「踏み込み」になっていて楽しめます。第一、両党議員のファッション比較なんて、なかなか他では読めないですからね。 一般に流通する英国像とはかなり違うので、もしかしたら日本人読者の大多数からの反発があるかも知れませんが、逆に、ここまで踏み込んだ英国本がなかなか日本にはないがゆえに、いまだに英国への偏見/幻想が大手を振っている状況が続く訳で、そういう意味で挑戦的、刺激的な好著。 まぁ、思うにどこの国でもそうなのだろうけれど、「外国」のイメージというのは、 結果的に多数派に都合の良い幻想と偏見で構築されてしまうものなんだ、とは思う。それに自分にしても最初は英国に相当幻想がありましたからね。色んな角度からの意見を読んで、自分の考えが揺らいだり、新しい視点を見つけたりする-その瞬間がたまらなく好きだったりするから、英国本漁りはやめられない(笑)。 結局この2册を読んで、英国音楽に関する自分の思いの変化の原因がわかったかといえば、まだまだだけれど...ただ、ヒントにはなった。 英国音楽のある(好きだった)味が失わなわれたと感じる理由は、結局その時代にしか成立し得なかった、ある共有された意識が音楽の中に存在しないからなのだな...当たり前と言うか、地味だけれど、そう思う。 その共有された意識が、自分の思春期とタイミング良く出会い化学反応を起こしていたのだなと。だから、今の英国音楽の多くがクォリティーが下がったというよりも、作る人間の内面にある(無意識的といってもよい)精神的基盤、阿呆みたいにきこえるかも知れないけれど、たとえば権力や多数派の暴力には警戒しようとか、社会的弱者には優しい目を持ちましょうとか...そういう、お題目に聞こえるかも知れないけれど真っ当な、第二次大戦後の先進国の庶民にはまだ多少残っていたのであろうシンプルで素朴な人道主義的な善意や願いが、英国の若い音楽に感じ取れなくなって来たのだと、そういうことに思える。
by penelox
| 2006-06-14 23:59
| 本
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