カテゴリ:印象に残った言葉( 9 )

騙される不幸を繰り返さないために

 昨日の安倍総理の辞任について、識者(?)があちこちに色々書いているが、就任時はエラく評価していた宮崎哲弥が大朝日新聞に早速言い抜け臭い寄稿をしてたり、田原総一朗が彼を政治家いじめの被害者みたく書いているのがもう、早くもうさんくさい。絶対に騙されてはいけない。

孫引きになりますが、こちらを。

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魚住 僕はNHKの番組改編問題を結構取材したんですけど、そのなかでびっくりしたのは、安倍さんの問題発覚後の言動です。彼はテレビや雑誌に出まくって、ありもしないことを平気で言う。

 たとえば、『朝日新聞』の本田雅和記者が、夜遅くにいきなり安倍さんの家にやってきて、妻が「主人は風邪で寝込んでおります」と言ったのに「会ってもらえなければ取材拒否ということにしますよ」と言ったとか、インターホンを切っても延々と五分間もインターホンを押し続けたとかしゃべりまくっている。

 取材が「夜遅かった」というのは嘘です。実際には午後六時過ぎだということは朝日新聞社の取材用の車の運行記録にも残っています。安倍夫人が「主人は風邪で寝込んでいます」なんて言った事実もない。普通に「ちょっとお待ちください」と安倍氏に取り次いでいる。さらに五分間もの間、インターホンを鳴らし続けたというけれども、実際に取材したのは一五分間くらいインターホン越しに行われている。このインターホンは三分で、自動的に切れるようになっている。切れるとまた押して、向こう側が応ずればまた三分間話すという繰り返しです。五分間鳴らし続けたとか、相手が出てくるまで鳴らし続けたとか、向こうが拒否しているのに無理やり話させたとか、そういうのは事実と違います。大嘘なんです。

 しかし、嘘の言い方が、非常にうまい。私はこんなひどい目にあったんだと同情を引きながら訴えるやり方ですね。あれは一種の才能です。

佐高 いじめっ子なのにいじめられっ子。

魚住 子どもが叱られた時には、二種類の対応があるんじゃないでしょうか。一つの型は黙りこくって、聞いているんだか聞いてないんだかわからないような対応する子。それは小泉型の人間。安倍さんは、親や大人に怒られたら、目をウルウルさせて、訴えかけるような顔をして、相手の怒る気持ちを削いだり、同情を引くタイプの子どもですね。そういうマスコミ応対技術は、彼の最大の危機だったNHK問題の時に相当効果的だったし、これからも威力を発揮するでしょう。

 小泉さんの新自由主義政策で国民の大多数はかなり疲弊してきた。あれだけ、他人を蹴ちらかして金を儲けた奴がエラいんでしょという資本主義の論理がむき出しになると、国民を束ねようとしても束ねられない。

 ところが今回の安倍さんがソフトムードでやろうとしていることがもし成功したら、国民が束ねられて本当のファシズムになる危険があると思っているのです。安倍さんに対して、綿貫民輔さん(国民新党)が「小犬みたい」とからかっていたけど、あのちょっと毛筋のいい小犬みたいな人が、あと何年か政権を担って、慈父とか国父というイメージになってきたら、その時は本当に日本は終わりだな、危険極まりないことになるという感じがします。

金曜日刊「安倍晋三の本性」 (2006) 第6章「対談 安倍晋三の本性」(魚住 昭+佐高 信)より

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 小泉に騙され、今度は安倍だ。次に麻生に騙されないなんて、どうして言えようか。政治家はすべからく、自民だろうが民主だろうが共産だろうが徹底して疑うべきだと思う。そう言えば佐高氏は、騙される国民にも責任があるといつか書いていた。もっともだと思う。
そして、かつてこの方の文章を引いていた。

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「さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。
 私の知っている範囲では おれがだましたのだといった人間は まだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつ分からなくなってくる。 
 多くの人は だましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それがじつは錯覚らしいのである。 
 たとえば 民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中にはいれば、みな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもっと上のほうからだまされたというにきまっている。 
 すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の知恵で一億の人間がだませるわけのものではない。 

(中略) 

 つまり日本人全体が夢中になって互いにだましたり、だまされたりしていたのだと思う。 

 つまりだますものだけでは戦争は起こらない。 
 だますものとだまされるものとがそろわなければ、戦争は起こらないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。 
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。」

伊丹万作(映画監督/1900〜46年) 「戦争責任者の問題」(『映画春秋』1946年8月号所収)より


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言うまでもなく伊丹万作氏とは、あの映画監督/エッセイストとして知られた故・伊丹十三氏の父。
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by penelox | 2007-09-13 13:41 | 印象に残った言葉

不思議な言葉達

■草なぎ剛の某CM

妻のために洗濯機を洗ってあげる、の言葉に強い違和感。
あげるって、アンタ何様やの。自分の洗濯機でもあるはずやろう? そう思ってしまった。もしかして設定か何かでこちらが勘違いでもしてるのだろうか? そんなエラそうに出れる理由でもあるとか(笑)。

 最近は、TVを見ていてこういう、非常識というか、アタマの中身を疑うようなセリフがやたらと多い。もしかして、書いてる人が病んでるのか? 各所に気配りしたらああいうセリフになるとか? 誰もチェックしないのだろうか。訳がわからない。

それに、もう言い古されているのかも知れないけれど、ジャニーズと吉本のタレントが多すぎる。
おかげで最近は見る番組がありません、本当に。


■小林麻央の某CM

きれいになりたい理由は地デジ対策、という言葉にまたしても激しく違和感。TV出続ける前提か。
品がない。非常識。図々しいやっちゃ。むしろもう出んでええがな。
もちろんセリフを読んでるだけなんだろう。
しかしだからこそ、喜々として出ている姿が余計痛々しい。


■安倍首相のテロ特措法を巡る発言

 自国の選挙結果では辞めないが、アメリカとの約束が守れなかったら辞めるって、これは一国の首相の言う言葉なのだろうか。

 この人が自国の民意とアメリカ政府の意向のどちらを大事にしてるかが非常によくわかる、そうとでも考えなければ理解出来ない、実に不思議な言葉。
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by penelox | 2007-09-10 10:26 | 印象に残った言葉

XTC and Blur

...それじゃ最近のBrit Popにも惹かれなかったと?

「ああ。彼等は僕にとってはまるで、過去に僕らがやったのと同じことをやってるだけの、平均的な、バーでやってるバンドの一群でしかないんだ。だからあんまりノレないね。まあ良いんだよ。ちょっとばかりかわいらしくて、僕らがやったのと同じ間違いをやってる。一時的にブラーと仕事したんだけれど、レーベルと上手く行かなくてね」


(注: ブラーは"Street Credit"に問題があるとしてアンディーのプロデューサーの任を解き、別のプロデューサーに変えて再録音。それが2ndアルバム"Modern LIfe Is Rubbish"となった。当時このエピソードで私自身の中ではずいぶんブラーへの評価が下がったものだ)

「スタジオでのブラーには実際、たくさんXTCに通ずるものを見ることが出来たよ- 彼等がお互い刺激を与えあうところがね。ベースのアレックスはコリンだ。間違いないね。彼等はとても共通してるんだ」

それじゃデーモンがあなたの役割?

「いや、実際のところデーモンには、バリー(アンドリュース)に通ずるものが多くあった。知的なんだけれどそのことを憎んでるんだよな。バリーはそんな風だった。そしてできるだけストリートっぽくあろうとしてた。デーモンはかなり知的な家柄の出なんだが、それが彼をずいぶん混乱させてるんだ。それでその雰囲気や上品さといったものを脱ぎ捨てようとする」

それじゃグレアムがあなたっぽいのかな?

「たぶんね。少しばかりバランスが悪くてね。ギターでけんかをするのが好きで、いつも女性問題を抱え、酔っぱらってる。メガネをかけてるのも同じだしね」

(1996年12月のWho Weekly Magazineでのアンディー・パートリッジ(XTC)インタビューより)


here

BD: So you haven't followed the latest wave of Britpop with baited breath?

AP: No, they just sound like a bunch of average bar bands to me who are doing the same kind of stuff that we have done in the past and therefore I can't get too revved up about it. It's okay. It's kind of cute and I can see them making some of the mistakes that we made. I worked with Blur temporarily but I didn't really get on with the record label too well.

I could see a lot of us in Blur in the studio, actually -- just the way they interacted personally. Alex, the bass player, is Colin, I'm sure of it. They're very similar.

BD: So is Damon the benevolent dictator that you are?

AP: No, I actually got more of Barry Andrews out of Damon. I think he's intelligent but resents it. Barry Andrews was like that, and tried to get as much street in as he could. Damon comes from a very learned family, but I think it embarrasses the shit out of him, so he takes off the airs and graces.

BD: So is Graham more you?

AP: Probably, yeah. A little unbalanced, likes to make a row with a guitar, always having problems with women, gets drunk. And wears glasses as well.


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非常によくわかる、パートリッジ氏によるBrit Pop評。そして、私がBlurをあまり好きになれない理由もこれでよくわかった。彼等はいわば、バリーがもし率いたとしたら...のXTCなのだ(シュリークバックは、後である程度有名な人達と結成されたので比較はできない)。

それは正直言って、私はあまり楽しめない。知性をひけらかすのは無意味だが、それを嫌悪してワルぶるのはもっと情けない。もちろん、英国アッパーミドルのアイデンティティークライシスは想像出来ないものではないけれど。

ともあれ彼等への違和感は、90年代の英国中流の変化を映す鏡だったがゆえなのかも知れないという気がして来た。それは、今の日本の格差の広がり(中流意識の分裂と殺伐化)ともどこかで通ずるのかも知れない。
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by penelox | 2007-08-11 00:00 | 印象に残った言葉

既存メディアのパシリ役

「ちょっと古いネタだが、宮崎哲弥が、「朝日新聞」(5/10)で、ネットやブログ、あるいはネット保守、ネット右翼の台頭について書いていた。思考力や批判力を放棄したネット保守やネット右翼の「全員一致のファシズム」的言説の「暴走」への宮崎哲弥の批判には必ずしも反対ではないが、ネットやブログの役割への批判には賛成できない。

おそらくジャーナリストとしての宮崎哲弥自身は、テレビ出演や雑誌原稿の執筆が中心で、ネットやブログには依存していないだろうし、またネットやブログに対してたいして期待もしていないだろう。それはそれでよい。しかし・・・。

先月だったと思うが、「NEWSWEEK」に「ブログは新聞を殺すか」という特集が組まれたことがあったが、宮崎のネット・ブログ批判を読んですぐに、僕はそれを思い出した。「あー、あれだなー」というわけだ。

要するに、「売れっ子電波芸者」(田原総一朗…)を目指す宮崎哲弥としては、「新聞・テレビ・雑誌」依存型文化人という立場からそれを擁護する論調を機軸に、ネットやブログを批判していることが推測できる。あまり好きな言葉ではないが、宮崎のネット・ブログ批判は、新聞・テレビ・雑誌など、いわゆる既存のジャーナリズムの「既得権益」擁護論という意味を担っているというわけだ。

(中略)...つまり、新聞・テレビ・雑誌という既存のジャーナリズムに言論の自由がないとは言わないが、容易に言論操作、情報統制、言論弾圧の対象になる可能性を秘めているということだ。小泉政権下の新聞・雑誌・テレビが、「柔らかな情報統制・情報操作」体制の下にあることは明らかだ。

宮崎にはそれが見えていない。いや、実はそれを自覚していない、あるいは自覚していない振りをしているというところにジャーナリストとしての宮崎哲弥の限界と可能性(笑)がある。言い換えれば、宮崎哲弥が「売れっ子電波芸者」としてジャーナリズムで活躍できる根拠はそこにある。つまり、一種の、「権力や体制に魂を売ったジャーナリリスト」(笑)であるが故に、メディアとしては「使いやすいキャラ…」というわけである。

(中略)...新聞・雑誌・テレビという既存のジャーナリズムが、ネットやブログにおける自由闊達な言論を恐れ、それを批判し、弾圧しようとするのは、なぜか。もう、わかるだろう。その思想内容や批評性のレベルが問題なのではない。問題なのは、権力や政府や団体や、あるいは時代の流行思想などから自由になれるかどうか、なのだ。

テレビや新聞や雑誌が恐れ、批判し、弾圧しようとするのは、その言論活動の自由という問題なのだ。その既存ジャーナリズム、既存メディアの「パシリ役」をやらせられているのが宮崎哲弥のような「電波芸者予備軍」のジャーナリストだというわけだ。」

(山崎行太郎の毒蛇山荘日記 2006.5.18より)
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by penelox | 2007-08-10 00:00 | 印象に残った言葉

「アメリカ」なるもの


「...そして最新作「シッコ」ですが、これは医療保険制度に関するドキュメンタリーということになっています。だけど私が問いかけようとしていたのはもっと大きな問題で、「私たちは誰なんだ。アメリカ人である我々は一体何者なんだ」ということです。私には分かりません。どうして先進工業国の中で私たちの国だけ全国民を対象とした無料の医療保険制度がないのか。これをただ報道するだけでもいいんですが、私はカメラを持ってその理由を突きとめる方がよっぽど面白いと思うわけです。そこに理由があるはずだと思いますから。そしてそれは私たちが何者であるのか、ということと深い関係があると思うんです。」

(マイケル・ムーア/創9.10号「マイケル・ムーア x 原一男」より)
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by penelox | 2007-08-09 00:00 | 印象に残った言葉

「アメリカ」なるものへの抵抗


「味覚がまだ充分に発達していない子どもの時期からハンバーガーの味に慣れさせ、一生それなしにはいられない体にしてしまう...そんな戦略が超低価格のハンバーガーには隠されている。胸焼けの素にしかならないクズ肉のハンバーガーを体にいいものなんて何も入ってないコーラで流し込む。幸福とは程遠いこの営みが幸福そうな家庭のイメージでカモフラージュされている。私はハンバーガーを貪り食う客を憐れみながら、個人的にマクドナルド不買運動を続けている。それが私のささやかなアメリカへの経済制裁である。」

(「楽しいナショナリズム」島田雅彦・著/毎日新聞社より)
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by penelox | 2007-08-08 00:00 | 印象に残った言葉

特攻の真実

「あんなふうに敬礼して見送ったんちゃうねん。みんな日本酒飲んだり、ポン打ったりな、滅茶苦茶して行ったんや。あんなもの正気でな、突入なんてできるわけがない。ほとんど当たるのが嫌で怖気づいて帰ってくる。しかし、着陸できないから、旋回してグルグルまわって、そのうち燃料がなくなって山に墜ちたとか、そんな例がいっぱいあったんだ」


(「週刊金曜日・佐高信の人物メモワール」より。俳優・故西村晃 / かつて井筒和幸監督にリアルな特攻映画をつくってくれと頼んだことに触れて。西村は実際に特攻隊員だった)
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by penelox | 2007-08-07 21:14 | 印象に残った言葉

いかがわしいもの

「日本の平和憲法は確かにアメリカの都合で作られた。しかしそこには人類の理想がある。私とてアメリカ・ロシアの軍事力や中国・朝鮮の核武装を含む軍備増強には脅威を覚えている。しかしだからといって防衛という名で「戦争のできる普通の国」を目指すというのでは、人類史を後ろ向きに歩むだけである。沖縄や広島・長崎を思い、平和憲法に共感を抱く人々を「平和ボケ」と揶揄しているのは、もはや自分や家族が徴兵制にひっかかる恐れがない地位を築いたか、軍需産業によって大きな儲けが期待できる人々である。防衛だろうが侵略だろうが戦争は経済行為なのであり、結局は「お金儲けのどこが悪いんですか」とうそぶく資本主義の申し子的連中が戦争をしたがるのである。そういう輩が口にする「国益」「国際貢献」とか「国家の品格」などと言う言葉ほどいかがわしいものはない」

(森安孝夫『シルクロードと唐帝国』の序章)
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by penelox | 2007-08-06 21:17 | 印象に残った言葉

表現者の立ち位置


 ...戦中ですけれども、1938年9月に中国戦線に向かった、いわゆる「ペン部隊」のことであります。別に私はこれについて本格的に調べているわけでもなんでもないんですけれども、廬溝橋事件および南京大虐殺の翌年にあたる38年に「ペン部隊」の陸軍班と海軍班がつくられました。日中戦争が泥沼化するなかで、軍部と内閣情報部と文壇が手を携えて、主として大衆作家らを中国戦線に送りこみ、従軍記などの原稿を日本の新聞、雑誌に送らせ、軍隊賛美、国威発揚に役立てようとしたわけです。その派遣作家たちが「ペン部隊」と呼ばれたのですが、なんともおぞましい名前であります。私は1938年9月14日に羽田で撮られた、毎日新聞が撮った写真でありますけれど、このペン部隊・海軍班の写真を持っております。出発前の壮行会の写真です。これをときとぎ眺めております。ここには吉屋信子、浜本浩、佐藤春夫、菊池寛、吉川英治たちが写っています...(中略) 私は写真のなかにあるものを探そうとします。なにを探すかというと、表情です。(中略) いくらなんでも本意ではなく、いやいや参加した作家だっていただろうと、私は想像したのです。

(中略) ペン部隊の一員として、戦争賛美の原稿を書きに戦地に赴くというのですから、いやだと公言しないまでも、羽田出発直前の顔としてなにか陰りなり、陰鬱なるしわの一つでも残しているんじゃないかと思って、私は善意で調べてみるわけであります。でも、そんなものないんです。陰りなんかありゃしないのですね。いい大人が、いったいどうしたらこれほどうれしそうな顔ができるのだと、あきれてしまうほど喜色満面なのです。誇らしいのですね。お国のために戦地に行くというので、晴れがましいのですね。それにしても、なにが彼らをあんなにほがらかに笑わせるのか。

(中略)で、半藤一利さんは、このペン部隊について「文士諸公はかなりハッスルしていた、反戦などない、それが現実である」と書いています。ああ、そうであったのであろう、全体としてはそうであろう、というふうに思うしかありません。私はただ、このことを、わがこととして忘れずにいようと自分にいい聞かせるのです。

(「単独発言」辺見庸・著/角川書店より)
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by penelox | 2007-08-04 23:59 | 印象に残った言葉