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カテゴリ:阪神間随想( 7 )

懐かし過ぎて涙がチョチョ切れる西宮北口の平面交差・・・

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 ちょっと暇が出来ると、またタイムスリップをしようとする自分がいる。ことさら鉄道オタクな訳ではないですが・・・懐かし過ぎるんですよね。





西宮北口駅立体交差(3)


 これは、阪急西宮北口駅にかつてあった平面交差、いわゆるダイヤモンドクロスというものの貴重な映像です。今ではもはやその面影もないですが、昔は今津線が分断されず、神戸線と平面で交差していたのですよね。

 撮影されたのは1984年(三つ目は83年)ですから、もう25年前。もうこの段階では工事が始まっていて、この年の3月には無くなってしまったらしいのですが、私が高校生での頃は北口(ニシキタ、とは言いませんでした)というと思い出すのはまずこれであり、この音こそが我が青春のサウンドトラックであった(ちょいと大袈裟ですが)。

 上に一枚上げさせていだたいたこちらのサイトをやってらっしゃる方(勝手に使ってすみません!)の下のページは個人的に泣きそうになります。私が子供の頃の遊び場がここにあるんですもの・・・。どこから撮ったかも全部わかってしまうんですよね(笑)。
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by penelox | 2009-12-06 21:33 | 阪神間随想

甦れ、我が街・宝塚・・・


 神戸、大阪はもちろん、西宮、伊丹、川西、芦屋、尼崎、池田・・・家庭教師で毎日阪神間の色んな街に行く度に本当に思うこと。現在、阪神間のどの街も概して、元気があるとはとても思えないけれど。
 それでも・・・

 何より我が街宝塚が一番元気がない!


 で、私に何が出来るかと考えてみると。
 結局、この街について知ってることを沢山書いて行ったり歌って行くこと、作品で物語を紡いで行くしかないのかな・・・という結論になる。

 何を歌おうか。
 懐かしき宝塚映画のことか。
 はたまた、宝塚映像制作の阪急ドラマに登場した私の家のことか。
 愛すべき阪急電車か。
 歌劇のことか。
 宝塚ファミリーランドや動物園の想い出もいい。
 恐竜展もいい。電車館や昆虫館、植物園の想い出も。
 面影がどんどん消えて行く、昔の宝塚、宝塚南口、逆瀬川の駅やその周辺。
 温泉街の華やかでどこか寂しい風貌

 それとも、直接は知らないけれどダンスホール「宝塚会館」があったモダンな1930年代のことか。
 戦時中の宝塚海軍航空隊のことも。
 爆撃でたくさんの死傷者を出した川西航空機の工場とその後に出来た阪神競馬場のことも。
 ウィルキンソン・タンサンのこと(これは私の家の歴史でもあって、前も書きましたが)。
 朝鮮半島から来た労働者達が亡くなった武田尾のトンネル工事の事故だって忘れちゃいけない。
 はたまた手塚治虫少年の目に映った炎に包まれた大阪も。


 もっともっと昔に行って、清荒神と源平の戦いとか。
 星に乗って観音様が集まって来るという中山寺と聖徳太子のこととか・・・(笑)


 こういう、自分の中にある、色んなレベルでの記憶を纏め上げてお話にするというのは、実はずっと考えてることで・・・

 それで地元が元気になるかどうかは別としても、自分たちの身の回りに埋もれている過去を拾い上げ、温かく物語に紡ぐということをやりたいんですよね。その地域にいなくても何か共有出来る精神的基盤というか、過去と現在と未来、日常と非日常を緩やかに結ぶラインというか、もちろんあまりに地域の誇りばかり強調して排外的になるのはまた嫌なのだけれど、でも、ノスタルジーも悪くないと思うんです。個人的にはそうやって、次の時代に過去のバトンを渡すというプロセスをキチンとやっておきたいんですよね。もちろんちっぽけなインディーバンドのやることですからたかが知れてますけれども、ごくごくささやかなレベルで。


・・・どうも言葉足らずですが(笑)、まぁそういう、妄想が駆け巡る、土曜の夜でした。



宝塚映画の歴史宝塚映画撮影所)
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中山寺
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宝塚温泉と文学(写真はダンスホール・宝塚会館/実はこの建物、家の前にあったんです)
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手塚治虫の大阪を歩く
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by penelox | 2009-12-05 23:35 | 阪神間随想

夏の愉しみ - 阪急宝塚線〜能勢電車・讃

(7/30のmixi日記より)

 今日は久々に一日中夏空で、お暑うございました。

 こういう日に限って、大阪の池田に行ったかと思えば次は神戸の花隈に行ったりと、てんで方角違いなところへ教えに行って、余計にバテてしまう訳ですが。

 しかし、池田とか川西というのは私は大好きなところで、特に夏のこの地は情趣があって良いんです。今日も池田の駅前では「社会人落語大会」の準備をやっていまして、良いですねぇ。宝塚の夏ではもはや失われてしまった阪神間独特の涼しげな情緒が、まだ少し街の片隅に残っている感じがするんですね。

 思いっきりローカルな話で恐縮ですが、そういう昔の夏の風情に加えて、それに、妙見山が奥に控えるこの能勢と言う地域は、大昔から人の往来が多いからか、何て言うのか、山に霊気があるような気がしちゃうんですよね。霊感なんて無いとは思うのですが、人の思念というか、祈る思いというのは、ある種のエネルギーであって、それがどういう形にせよ、霊験あらたかという呼ばれるようなところは、そういう太古からのそういう思念のエネルギーが蓄積されてるような気がしてしまうんです。で、西洋文明はそういうものを駆逐して行った訳ですが、能勢周辺というのは山深くまだまだそういうものが残されているところで、つまりはそんなエネルギーでもって地域全体が包み込まれているのではないのか・・・だからこそ、思い出すだに子供の頃は理屈で考えないぶん何かそういうものを無意識に察知しやすくて、ゆえに阪急宝塚線のあるあたりまでが少し怖かったり、近寄りがたかったり、暗いイメージがあったのかも知れないなと。

 しかし、今、「琵琶法師」という本を読んでいるからかも知れないけれど、何かそういう霊的なものが妙に興味深く、今津線だと感じられない霊気のようなものが、能勢電なんかに乗るとどこか感じられて(ヤンキーの子も多いのでヤン気も感じられるが!)、嬉しくなってしまうのである。

 それに、駅名も良いでんすよね。絹延橋(きぬのべばし)とか、鶯の森(うぐいすのもり)とか、鼓ケ滝(つづみがたき)とか・・・。非常にイマジネーションを掻き立てられます。もちろん、我らが(?)阪急の方も、清荒神(きよしこうじん)とか、売布神社(めふじんじゃ)、雲雀丘花屋敷(ひばりがおかはなやしき)など、趣があって良い。鉄道のちょっとした小旅行というのも、仕事の合間ですけれど、良いものです。アタマのなかで色んなイメージが駆け巡る。実際の車窓からの情報と、今まで色々読んだこととかがまた化学反応を起こすんでしょうね。

昔の能勢電、これがまたよろしおます。
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by penelox | 2009-08-01 10:32 | 阪神間随想

アンヌと宝楽と子供時代の宝塚と・・・


 「ウルトラセブン」のアンヌ隊員役で知られるひし美ゆり子(当時は菱見百合子)さんのブログを時折読んでいるのだけれど、最新の記事で、俳優の中丸忠雄氏逝去の報に触れて、共演したドラマについて語ってらっしゃる。

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 中丸忠雄氏については特別意識して作品を拝見したことがなかった。むしろ奥様(中丸薫氏)の著作活動が最近目立つ印象。中丸氏のご冥福をお祈りし、今後、過去の出演作品を注目してみようと思う次第。


 ひし美さんのブログに戻ると、その「37階の男」というドラマが「セブン」から程なくした1968年(秋頃?)に宝塚撮影所で撮影され、「宝楽」という旅館が常宿で・・・という箇所があり、思わず目が止まる。宝楽!  この名前をきくと、懐かしい幼少期が甦って来る。

 「宝楽」というのは、60年代末当時我が家のすぐそばにあった旅館で、宝塚撮影所というのは、家の前にあった撮影所(実際は対岸の当時のファミリーランド内にあるのがメインで、こちらには、倉庫と、一部のスタジオがあっただけのようだ)のことなのである。


 当時まだ温泉街の雰囲気もわずかに残っていた私の家の周辺には、同じ年頃の子が沢山いて、全く面識のない子でさえいつのまにやら友達になってしまう・・・そんな環境だった。ふたつ上の兄に金魚の糞のごとくくっついて遊び回ってるうちに、行動範囲がどんどん広がる、広がるといっても実際は大したことはないのだけれど(笑)。そんな遊び場のなかに宝楽もあり、そこで親が働いてる子もいたから、きっと私も出入りしてたのだろう。その賑やかさもまた子供心に覚えていたりする。旅館の玄関の中まで記憶にある。


b0022069_21544381.jpg あの頃私たちが駆け回っていた今はもう存在しない遊び場所を、当時夢の世界だった「ウルトラセブン」の出演者のブログで見つける。実に不思議な気分。

 大人になって、色んな街を訪れるようになってつくづく、当時の宝塚は、今となってはもう殆どその面影さえ見つけるのは難しいけれど、ずいぶん個性的な街だったのだなと思う。一方で宝塚歌劇やファミリーランド、それに映画の撮影所に温泉街という、夢や娯楽の世界と、工場や商店街、田んぼもあれば新旧の全く色彩の違う住宅街もあり・・・といったもう一方の現実の世界が、ずいぶんと狭いところにゴチャゴチャと入り混じっていたのだから。よくも悪くも、そんな街にあの時代に育ったことが、今の自分のメンタリティー形成の一助となっていることは、これはもう疑いようがない。それが良かったのか悪かったのか、これは正直わからないが、ともかく、あるひとつのことだけは言える。戻りたいとは思わないし、もちろん戻れる訳もないのだけれど、あの時代の宝塚に生まれ育って幸運でしたと。
 
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by penelox | 2009-05-10 21:59 | 阪神間随想

阪急対阪神、バスゴーラウンド西宮組 第1回戦


 あんまり語呂は良くないけれど・・・

 一応キンクスのアルバム「ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第1回戦」をもじってみた(苦笑)。

 しょっちゅう阪急、阪神の両方のバスに乗っていると、面白いことを色々発見する。
と言うのは、両社の微妙な関係のこと。

 2006年10月1日に阪急と阪神は経営統合されたのだが、会社の大きさは間違いなく違う。だから、明らかに小さい方が大きい方に飲まれた、ということになるのだが、もともと異なる地域文化に根ざした、違う個性をはっきりと持つ、それでいてライバルでもあったという微妙な関係を持つ両社であるがゆえに、単純に阪神を阪急色に塗り替えてしまうなんてことは出来ない。だからお互いに関係を模索してる感じがあるのだ。今のところまるで別の会社であるかのように運営されている感じなのだけれど、一応は同じグループなので、仲良くもしなくてはいけない・・・そのへんで妙に意識してるというか、働いている人達の態度が妙なのだ。

 特に阪神と阪急のバス路線が重複する西宮市内でバスがすれ違う時が面白い。阪急どうし、阪神どうしだと必ず運ちゃんは手を挙げて挨拶するものの、お互いは完全無視していたのが、いまではお互いに挨拶することになっているのか、そのへんの通達がどうなっているのか知らないが、何か徹底してなくてぎこちない・・・人によって挨拶したりしなかったりなのだ。何しろ、同じところにバス停があったりするぐらいである、難しいんだろうな。

 もう何十年も乗客獲得にしのぎを削って来た歴史があり、たぶん混じりあうはずのない文化を持つ両者が、今後どう変わって行くのか、興味深い。
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by penelox | 2007-11-12 23:55 | 阪神間随想

川の街 宝塚

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 わが街宝塚は川の街でもあります。でも、そんなこと書くと、どこの街にも川はありまっせ、という話になる訳ですが。

 私が思う川の街、というのは、街の真ん中をある程度の規模の川が流れていて、両岸でそれぞれの文化が育っている、ということ。阪神間の他の街の多くでは、実は川は他市との境を流れてるんですよ。阪神間を流れる大きな川といえば、猪名川と武庫川がある訳ですが、猪名川は川西、伊丹、尼崎を区切る形で流れています。武庫川も西宮と伊丹、西宮と尼崎を分けているのですが、実は宝塚だけは面白い事に真ん中を流れているんですよね。ある程度の幅のある川がひとつの市の真ん中を割って流れ、その川を挟んでそれぞれの文化が育っている...それが私の思う川の街。西宮や芦屋でも、こういうロケーションはないんです。尼崎では藻川という川が流れる園田周辺に近い条件はありますが、やはり宝塚ほどのまとまりはないように思います(地域ナショナリズムのなせる偏見ですね、これは^ ^;)。なおかつ、小さな逆瀬川や支多々川(いまでは水がなくなってしまいましたが)が武庫川に注ぎ込む、こじんまりした緑多き住宅地という環境は、今から考えればとても潤いのある、瑞々しい恵みを与えてくれた気がします。

 こういったロケーションの作る環境が、そこに生まれ育った人間のメンタリティーの形成に、色濃く反映しするのはもう、否定しようのない自然な流れでした。ひとつの「街」での川を挟んだコンパクトなロケーションというのは、実に貴重だったと思わずにはいられないのです。余りに手前味噌ではありますが、ある種のバランスの取れた美的感覚を作るのに、これほど良いものはないんじゃないでしょうか。川は何か、街にたまった澱んだ空気までも、洗い流す効果があると思うんです。それが街の主役であることは、内陸の街であるほど大きな意味があるんです。
 
 パリにセーヌがあるように、ニューヨークにハドソンが、リヴァプールにマージーがグラスゴーにクライドがあるように。こういった情景には、なにより詩的な匂いがあります。ロンドンのド真ん中を流れるテムズは、留学していたレディングにおいてもやはり街の真ん中を流れてまして(ロンドンでの濁った水質とは違うその美しさも含めて)、どこか宝塚を思い出させるものでありました。テムズ・ヴァリーとムコガワ・ヴァリーはどこか似ていたのです。ちなみに音楽について言えば、レディング周辺のシューゲイザー・バンドたちをハッピー・ヴァリーと呼んでいた訳ですが、私たちPenelopesなどはさしずめハピアー・ヴァリーとでも称すべきだったのかも知れませんね。

(上)宝塚駅近くの武庫川。宝塚武庫川ロータリークラブさんのものが余りに美しいので、そちらの画像を使わせていただいてます。勝手に使ってしまい申し訳ありません。意図はご理解いだけると思いますが、もし発見されましたら悪しからず。
(下)これは私の写真。1995年の宝塚、宝塚大橋の端から大劇場を。正面にかかる橋は阪急電車今津線。まだ右に高層マンションは出来ていませんね。

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by penelox | 2007-10-25 12:45 | 阪神間随想

古墳の街 宝塚

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 わが街宝塚には様々な顔がある。歌劇の街、古い住宅街というのに加えて、かつては温泉の街、遊園地の街でもあった。ここ最近で後者ふたつがなくなって、阪神間のなかでもずいぶん地味な印象になってしまったかも知れない。観光客もずいぶん減ったときく。
 でも、それも良いと思っている。

 宝塚という地名には、古墳の街という意味があるのを御存知だろうか。
 実際町のあちこちに小規模ながら古墳や遺跡が点在していて、ちょっとした歴史の匂いに触れることができる。それが生まれ育った街として好きなところでもある。

 また、山が多く、丘陵地に住宅が多い宝塚には、住宅地の奥がすぐ山になっていて、その草深い奥に古墳や遺跡があったりする。これが良い。古いもの、土着のものがそばにあること(そして、そのことを意識すること)が人間の意識/無意識に与える影響というのは、科学的に証明されてる訳ではないと思うけれど、きっとあると確信している。

 西から六甲山地、東から長尾山地が囲む宝塚に住んでいて山を意識しない日は殆どないと思う。その奥の不思議な墓に眠るのは一体誰なのか...大都会の喧噪とは無関係な静かな宝塚で、太古の昔に思いを馳せて、ちょっとした現実逃避するのも楽しい。
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by penelox | 2007-10-23 00:15 | 阪神間随想