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Kites / Simon Dupree & the Big Sound


5/28
仕事が忙し過ぎて音楽関係のイベントにおうかがい出来ないことや、関わる方々にちゃんと接したりが出来ないというのは、やっぱりいかんと思う。だいたいそれでは本末転倒である。すべては音楽活動のため...ではなかったのか?

だが、自分の活動に関して全く迷いが生じない、と言ったら嘘になるのも事実で。それでどうしてもバイトを優先してしまうことも...。すみません。

こないだから読み始めた「働くということ」には結構ずしっとのしかかって来る話が多い。週刊現代は大橋巨泉氏のコラムだけ読んでいるのだが、こないだのでは日本で家を持つ、ということがいかにむなしいことか書いてあった。20年で家はダメになるように作られてるって...。

良い音楽を作りたい...しかし音楽チャンネルで出て来る音楽は...。
自分が理想とするものはまあ殆ど存在しないのも一緒。そんな、言葉を失った状態のままもう数年経ってしまっている。しかし、無力感にさいなまれていても何一つクリエイティヴなことはない。時間とエネルギーの無駄だ。モノを作ることに集中すべきなのだ。

5/29
「ウルトラマン」(初代)は色々と興味深かった。またいずれ感想とか書いてみたい気もする。次いで「ウルトラQ」を再び観る。
映画やドラマというのは、確かにその物語や映像美、演技など堪能する要素は様々だが、私にとってはある種の旅行なのだ。だから、風景が映ってるだけでも十分楽しめる。昭和40年代の風景は、理屈を越えて胸を締めつけて来る。
しかし、夜やってたドキュメンタリーで、そういうノスタルジーを原点にしてる政治学者のことをやっていて、それはちょっと違うんじゃない? と言う気がした。
それは危険だと...。

5/30
最近はちょっと前までの黒人音楽、ジャズづくしが嘘のように、ともかくヒマさえあれば60'sポップ。曲づくりのインスピレーションが目的だったのだが、ついついハマってしまって夜中に"Nuggets"、"Pebbles"まで引っぱり出してエラいことになってしまった...。以下は聴いてた曲のリストです。コメントがなかなか浮かばないのでちょっとずつ。

まずは英国編。

Kites / Simon Dupree & the Big Sound
のちGentle Giantというプログレッシヴロックバンド(この括りも実は相当乱暴な気はする)に発展した60's後半のサイケポップバンド。初めて聴いた80's半ば以来、ずっとXTCの変名プロジェクトの某曲の元ネタのような気がしているが...。
いずれにせよ、大好きな曲。

Exerpt from Teeage Opera / Keith West
元トゥモロウのVoだった人。トゥモロウはのちイエスに加入するスティーヴ・ハウがいたと思う、確か。これも凄まじく好みな、英国茶会風サイケポップ。子供のコーラスも「不思議の国のアリス」的雰囲気が出ていて良い。もう20年聴いているが全く飽きない。

Yellow Rainbow / The Move
英国バーミンガム・ポップの王者(?)、ELOの前身と言ってもいい名ポップバンド。自分的にはワンダースタッフとつながる要素が多いと思う。

Tell Me When / The Applejacks
このバンドもバーミンガムだが、初期ビートルズ的(64年的?)マージービートサウンド。実際レノン/マッカートニーの曲もやっている。女性ベーシストのミーガン・デイヴィスはキンクスのレイ・デイヴィスの妹なんだそうだが...。
それにしても64年と66年ではたった2年なのに英国の音楽がかなり変わって来ている気がする。ビートルズだと"For Sale"、"Hard Day's Night"と"Revolver"の違い...そこにある空気は確かにかなり違う。

Milkman / The Merseybeats
コステロによる"I Stand Accused"のカヴァーで知られる。名前通りの爽やかなマージービートを奏でてます。

Biff Bang Pow / The Creation
曲のタイトル、バンド名で、誰に影響を与えたかわかりまくりですよね。曲調は"My Generation"ぽい。他にも"Makin' Time"という曲もあります。ギタリストのバイオリン奏法、メンバーには一時ロン・ウッドが在籍...と話題が多い割にはあまり語られないバンド。昔聴いた時はなんか曲がThe Who、Small Facesに比べていまひとつの気がしていたが、今は興味深く聴ける。

5/31
ここからはアメリカ編。

Open My Eyes / Nazz
言う間でもなくトッド・ラングレンがいたバンド。これは名曲だと思います。ビートルズというよりフーやムーブに近いエネルギー。ハーモニーでアメリカのバンドとわかる。それとソロの部分でドアーズなんかと同じ匂い、さらに後のユートピアにも通じるプログレ・ハードな演奏もちらっと...とまあ、もう既に一曲の中でトッド流全開という気がします。個人的にはいくつかのパターンで常にそれなりのものが出来てしまう人、フィリーソウル風バラード、ビートルズ風ポップ、ハードロック、プログレ...それぞれがわかりやすく分かれてしまう、ゆえにどうもアルバム一枚でこれ、といった聴き方がしにくい人なのだが。それだけ多才な人なのだろうな。

I Ain't No Miracle Worker / The Brogues
ガレージパンク系、と言ってしまうと身も蓋も無いが。だが"Pebbles"も好きなので。

5 O'Clock World / The Vogues
ジュリアン・コープがカヴァーしていた、アメリカのバンドの曲。この時代のアメリカのガレージバンド、あるいはそこまで行かなくても67-69年頃の派手なアレンジをしたポップバンドというのがティアドロップ・イクスプローズならびにコープのインスピレーションになってるのがよくわかる。

Bend Me Shape Me / The American Breed
ブラスポップ、と言っていいのか、Tommy James & The ShondellsとかThe Monkees、The Buckinghamsに近い感じ。ブラスポップ、なんて表現、ないのかも知れないけれど、ブリティッシュ・インヴェイジョンに刺激されたアメリカのバンドで、チャートに上がって来たバンドはこういうのが多い。

Mr.Dieingly Sad / The Critters
ひたすら甘く気持ち良いラウンジ/ボサノヴァ風メロウポップ。20年ぐらい前に聴きまくってたが今でもオールタイム・フェイヴァリット。バンドそのものの評価としては「ラヴィン・スプーンフルへのニュージャージーからの解答」らしいけれど。メンバーが演奏しているのかはちょっとわからないので、所謂ソフトロックに括られそうな、コーラスグループとみたが。

My Brother Woody / The Free Design
テクニカルなAOR/ソフトロック的コーラス・グループ。ジャズの素養もかなりあるとみた。可愛げはないけれどひたすらうまい、美しい。

It's Cold Outside / The Choir
のちラズベリーズを結成する...というとエリック・カルメンと思いがちだが、彼ではなくウォリー・ブライソンがいたクリーヴランドのバンド。もともとの名前はThe Mods(!)。人のよさげなアメリカン・マージービートといった趣き。

I Want Candy / The Strangeloves
確かのちの名プロデューサー、リチャード・ゴッテラーが在籍したバンド。パーカッションが面白い。

Laugh Laugh / The Beau Brummels
西海岸、LAのバーズにSFのボーブラメルズ。しかし声の味わい深さはこのバンド独特のもの。"Bradley's Barn"は良いアルバムでした。

I Love the Flower Girl / The Cowsills
目が覚めるような爽やかなソフトポップ。Partridge Familyとかと関係あったのかな...?ちゃんと調べないといけませんね。

Expressway To Your Heart / Soul Survivors
Young Rascalsに近い、所謂ブルーアイド・ソウル(白人によるソウル音楽)という感じ。しかしこの頃の曲は本当に曲が短い。ラジオでかけてもらうためにそうなっていたのかも知れないけど、もうちよっと味わわせてくれよ、というくらい結論が早い曲が多い。60's終わりのプログレッシブロック、ハードロックの頃から急に曲が長くなるのはその反動なのかな...。

Green Tambourine / The Lemon Pipers
全体は気持ち良いけれどサビのディレイがちょっと気持ち悪くて、それがいかにもこの時代らしい。こういうタイプのバンドの場合、

(1)プロデューサー、ソングライター、スタジオミュージシャンのどれか(またはそのいくつかの共同での)による覆面プロジェクト。
(2)ふつうのバンドにレコード会社/プロデューサーが一杯装飾を施した。

のどれかであって、

(3)バンドのメンバーがアイデアをもちよってこういう音楽を作った。

という可能性はあまりない、60'sのアメリカの場合。それは、そうでもしてビートルズに勝ちたかった...ということだろう。それだけ、打倒ビートルズ(そしてそれに象徴されるブリティッシュ・インヴェイジョン)、という意識がアメリカ全土の音楽関係者に広がっていたのではないかな。


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by penelox | 2005-05-30 22:44 | 60年代

Lady Madonna / The Beatles

5/22

暑かったり肌寒かったりと、なかなか健康維持が大変...。皆様は如何でしょうか。朝晩と昼間では結構気温差が激しいと思います、風邪など引かれませんよう...。


ここのところは、色んなことが「待ち」の状態。ニューアルバムのデザインが少々遅れ気味で、動きたくても動けない。エル・グラフィックMike Alway氏によると、アイデアは出来上がっているのだがデザイナー氏が忙しいとかで、まあ辛抱辛抱。また、次のコンピCDに入れるつもりの曲に関しても、まだ熟してないというか、これ! という感じまでなってないので、色々考える。スパッと出て来るところまでいかないため、60's物を聴きまくって何かインスピレーションの足しにしようとしているが。ちなみにここのところよく聴く曲は...やっぱり色々聴くが結局ビートルズに戻って来てしまう。最近はファッツ・ドミノつながりか(?)"Lady Madonna"にハマっている。あと"Nowhere Man"も好きだ。"You Won't See Me"も良い。"Rubber Soul"はやっぱり一番好きなアルバムだなぁ。


5/23

久々に完成したニューアルバムを聴いたが、色々不満が出る。と言うか、60'sを聴きまくっている今だからそう思うのか、なんかゴチャゴチャ入れ過ぎてる気もするが...うーん、聴いてるうちにわからなくなって来た。

正直恥ずかしい。音楽に関しては何もやって無いみたいで自己嫌悪になる。
考えてみれば、去年今年と、CDを出して無いのに、いつもHPやこのブログをのぞいて下さる方がいるというのは、本当にありがたいこと。どこに興味を持っていただけているのか...曲を気に入って下さっているのか、書いてあることに興味を持って下さるのか、わからないけれど...。

もっともっとアクティブにならんといけません。

5/24

移動中の夕刻、電車が遅れる。またしても置石?...と思いきや、電車がイノシシに接触したのだとか。いや、確かに阪急六甲付近にはよく出没するのだ。昔、あのへんを歩いていて、えらいどでかい犬が前から来るなぁーと思ってたらイノシシでたまげたことがある。当時は住宅地でイノシシに会うなんて予想もしていなかった私、そばを歩いているオッサンに、思わず、「イ、イノシシですよ...」と言ったのだが、オッサンに冷静に「そうですね。このへんはよう出るんです」と返されたのだった。

それ以来、何度か、特に冬はよく見かけるようになったが、この時期に線路沿いまでおりて来てるというのは、よっぽど山にえさがないか、それとも誰かが餌付けでもしてるんだろう。

夜、妙に冷え込む。帰り道に夜空を見ているとコンピCDのタイトルが浮かぶ。

5/25

体調が悪くてどうしようもない。曲も前に進まない。悶々とするのみ。

スーパーチャンネルでやってる「ベティー・愛と裏切りの秘書室」を観てる時だけは気持ちが楽になる。コロンビア産・ラテン系昼メロ。しかしそのコテコテぶりがたまらん。前あったことをいちいちセリフで振り返るところが良心的(笑)。まるで「素浪人花山大吉」みたいなゆったりしたテンポ。

生徒さんが英検二級を受けるのでその指導。しかし彼はガンダム話ばかりして来る。悪いけどわからんちゅうの..。だいたい最初のガンダム自体、出て来た時はもうその手のアニメから離れつつあったから、それ以降のロボットアニメのみならず、アニメ、マンガ自体よくわからないのだ。今たまたま観ても引き込まれないし、まして今のアニメも、さっぱりその良さがわからない、残念ながら...すまん、許せ!

それに、ガンダムのプラモデルを見せられてもね...やっぱりプラモデルは第二次大戦の飛行機の方が好きなのだ。メカニックにしても、模型そのものの凝り方にしても、空想の、実在しないものの模型とは雲泥の差がある、申し訳ないが。ガンダムの模型を見て配線とかコクピットとかを自作せえ、とか言ってる人間(私)は所詮旧世代の人間なのである。


仕事帰りに「働くということ」(ロナルド・ドーア)という本を読む。難しいが刺激的でもある。まあとにかく最近は読みたい本だらけ。

相変わらず曲づくりは煮詰まっている。体調も良いのか悪いのか、自分でもわからない。たぶん寒かったり暑かったりが極端で体がついて行けてないのだ。

Cooke Scene最新号を読む。伊藤編集長の文章が、なんか最近やたらとウルトラマン絡みなのが興味深い。私も最近初代ウルトラマンと帰ってきたウルトラマンをよく観ているので、特に。

また"Lady Madonna"。
何故ビートルズは他のバンドと違って聞こえるのだろうか。
ポップなメロディーの60'sバンドといったらあまたいるのだが、どこか違う。何なんだろうか。

品の良さとアーシーさのバランスが良いのかな、という気もするが。
普遍的でいて、リヴァプール的なところも残している。たとえば、今となっては、Deaf SchoolからPale Fountains、La'sを経て現在のCoralに至るまで、何か一本の線でつながるところがある。

...って、そんな簡単に答が出る訳なかった。


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by penelox | 2005-05-25 23:57 | 60年代

Everyone's Gone To the Moon / Chad & Jeremy

ここ数日、忙しくてじっくりモノが考えられない。本を読んでもアタマに入りにくい。バテ気味で、何も浮かばない。書きたいことも色々ある気がするが、ボーッとして出て来ない。でも、音楽だけは聴いている。音楽がすべての活力源であることを思い知らされる。

...という訳で、以下はここ数日の音楽旅行メモ。

Blueberry Hill / Fats Domino
ニューオリンズR&Bの、ノスタルジックで濃厚な音に浸る。移動の合間の夕食はそのせいかジャンバラヤ、ファミレスだが(苦笑)。

Chris Kenner / I Like It Like That
Brinsley Shwarzがカヴァーしてた気がしたが...。

He Was Really Sayin' Something / The Velvelettes
このモータウンのグループの曲、バナナラマがゃってたような。

Every Little Bit Hurts / Brenda Holloway
Man With Money / Everly Brothers
The Whoのカヴァーが好きでした。

Roadrunner / Bo Diddley
このギターリフは良い。所謂ブリティッシュビート全般に物凄い影響を与えているとみた!

Everyone's Gone To the Moon / Chad & Jeremy
もともとは英国ポップシーンの奇才(?)Jonathan King、65年の曲。これは60's英国ポップの定番のひとつと言える曲なのでは? キング氏がケンブリッジ大トリニティーカレッジに在学中に飛ばしたヒットであるこの曲。ソフトなポップだけれど、英国的手工業的手作り感覚がいかにも60'sで私好み。

キング氏について書くと、その後変名で様々なシングルを発表しつつジェネシスを発掘、初期10ccやBCRを育て、b0022069_23242180.gifUKレコードを設立(XTCの伝記本にもちらっと出て来る)、ラジオDJやコラムニストでもあった。数年前にいかがわしい犯罪で逮捕され(本人はいまでも無罪を主張)、評判を落としたが、最近釈放された模様。いずれにせよ、英国ポップの仕掛人と言えるその独特の歩みは忘れられることはないでしょう。私が英国にいた時も、TVによく出たりしていて、安定した地位を保っている業界人という感じだった。まあ当時は誰なのかよくわからなかったけれど。

こちらが彼のオフィシャルHP。

http://www.kingofhits.com/

で、この曲は、それを同じ英国のデュオChad & Jeremyが60'sにカヴァーしたもの。爽やかなハーモニーがキング氏のバージョンとは違う魅力ですね。とろけるようなやわらかい英国の夏。気持ち良いです。60's後半の曲はホント気持ち良い。66年-68,69年あたりのポップにはホントハズレなし、なのだ。

こちらがChad & Jeremyのオフィシャル。

http://www.chadandjeremy.net/cj/

そう言えば、片割れのJeremy Clydeは俳優として'Is It Legal?'(「こちらホゲホゲ法律事務所」)というコメディードラマに出ているのを見たことがある。で、調べてみました。そうそう、こういうドラマでした。いかにも英国的ユーモアたっぷりで。

http://bronze.client.jp/is_it_legal/is_it_legal.html

Chad & JeremyではPeter & Gordonをもっと爽やかにした感じだったが、ドラマでは、どこかおかしいナイスミドル(?)という感じ。今でも音楽もやっているのだろうか。

Tracy / The Cuff Links
イギリスのトニー・バロウズと並ぶ60's末のバブルガム・ポップ・シーン(?)の名セッションボーカリスト、架空のポップバンドArchiesでリードVoをつとめたロン・ダンテ氏によるアメリカのバンド、69年のヒット。この曲、私が最初に聴いたのは80'sのニューロマンティック期、パナッシュというバンドのカヴァーバージョン。これがとても好きだった。で、もともとの曲も、今、所謂ギターポップバンドがやっても全然おかしくない。「パパパ」コーラス好きの人はみんな知っているのかも。

In the Country / Cliff Richard & The Shadows
イギリスの国民的シンガーの67年のアルバム"Cinderella"より。もちろんThe Farmer's Boysのバージョンで知られる曲です。オリジナルも「パーパパパパー」とやってて驚き。あまり原曲と変わらないアレンジだったんですな。色んなバンドが昔の音楽を発掘していた80'sは、つくづく面白い時代だったんだなと思う(他の時代も面白いけれど)。


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by penelox | 2005-05-21 22:32 | 60年代

Love Letters In the Sand / Pat Boone

5/15

次の展開のために、色んなものを待っている。待つ身は辛いとはよく言ったもの...。

こういう時に限って読みたい本だらけ、聴きたい音楽だらけ、観たい映画だらけ。移動中に「姜尚中にきいてみた!」(講談社)を購入、読み始める。私は在日韓国人ではないが、韓国の動き、日本との関係、それに北のあの国の事...色んなことが気になっている。それは、戦後の日本の歴史(もっと言うと明治以降の日本とも)とも、そして未来とも無関係ではない。そういう時、論壇で一番この朝鮮半島、東北アジアの情勢を冷静に状況分析しているように思えるこの人の話はとても勉強になる。皆様もぜひご一読を。


5/16

今週は猛烈に忙しい。体力が持つかちょっと心配...。

母方の祖母の弟が亡くなったとの連絡。享年93歳。おととしの夏亡くなった祖母が99歳だったから、ふたりとも大往生だったと言えるかも知れない。遠いところに住んでいたということもあって、結局一度しか会わなかった、その事が悔やまれる。色んなことをきいておくべきだった。戦時中のこと戦場のこと、母経由で少しきいた程度だったから...。

私には生まれた時から祖父がいなかった。父方の祖父は父が幼い頃亡くなっていたし、母方も私が生まれた時にはもうこの世にいなかった。だから祖父、という存在自体が私にはどう位置付けていいのかわからなかった。自分の友達だと持っていた、祖父が家にもたらす文化、みたいなものもなかった。だいたい自分の祖父の世代というと軍隊経験を抜きにすることは出来ない。だから家庭内に戦争体験の文化がどんな形であれあるものだった。それが直接祖父からでなく、戦時中子供だった両親の記憶からの間接的なものだったがゆえ、過去の記憶や記録への猛烈な好奇心につながって行ったのだとは思う。何もないから辿ろうとしたというか...。

命のバトン、という言い方がある。
若い頃は、まあありがちでとても陳腐に響いていたものだが、自分が結局時間というベルトコンベアに乗っていることを最近強く思うようになった。人間は一生で得た何かを、記憶でも知識でも技術でも、次の世代に残して行く。それは、今目の前にある全てがそうだし、また自分自身も過去の人間の遺産=遺伝子を持っている訳だ。意識しようがしまいが、命のバトンを引き継ぐランナーなのである。

今度出すアルバムが何故四季のタイトルになっているかというと、四季というものの摩訶不思議さゆえ。ひとつのはじまりから終わりのワンセットであり、(ある種永続的に)繰り返すサイクルでもあり、しかしそれは毎回決して同じではない。そしてそのサイクルの中でひとつの命は次世代に何かを残し、消えて行く訳だ。地球の歴史の中では、ひとつひとつの命はほんの一瞬の小さな光でしかないが、確かに何かを次世代に残す貴重な存在で...それを99年の"Inner Light"(これは「スタートレック Next Generation」のあるエピソードから取ったタイトル。ぜひ観て欲しい話です)で表現したかった訳だが、それが時間という次元の中にある、というニュアンスを2003年からの4連作では出したい...そんな感じだ。言葉で表現するのは実に難しいけれど。

祖母がもういない街を仕事がら歩く。子供の頃よく祖母の話に出て来たお店はいまだにある。しかし、周りは10年前の震災以後ずいぶん変わってしまった。よく観ると崩れたコンクリートやひび割れた壁など、痕跡は残っているのだが、しかしひとつとして変わらないものはない。これらもいずれ消えてしまう。あらゆることが記憶の片隅に追いやられ、断片となり、消失する。だからこそ人間は様々な形で生きた証を残す。 それがたまらなくせつない。

通り過ぎる老人が一瞬祖母に見えたりして、しかしあたり前だが人違い。下手すると自分の親よりも若かったり...。

自分もいつか、もうこの世界から消えてしまう、その事実が言葉でなく、何か体全体にずしんと食い込んで来るようになった。

5/17

ファッツ・ドミノを久々に聴いていて、こういうピアノ気持ち良いなあ...と思い、あ、でもニューオリンズR&B、ブキウギピアノと簡単に言うけれど、ニューオリンズと言えばジャズもそうだし...それがいわゆるスタンダード(ジャズのポップス的側面)で味付けになったりするのも別に普通のことだったと...頭の中でちょっとしたアメリカ旅行。

上の曲は、14歳の頃ハマってしまったいわゆる50'sの「スタンダード」の名曲達のひとつ。ゴージャスなアレンジ(この曲はピアノとホーンが印象的)、華麗なボーカルスタイル...今聴くと、ブラックミュージック(特にニューオリンズもの)からのフィードバックも大きかったのではないだろうか。アメリカの音楽というのは、黒人が白人に影響を与えているのはもちろんだが、白人が黒人音楽に大きな影響を与えているという要素(たとえばサザンソウルにおけるカントリーの影響)ももちろんあり、実際はケースバイケースで色々あって、簡単には書けない。
ひとつ言えるのは、(結果的とは言え)それがアメリカの音楽をとても豊かにしているということ...。

いやぁ...当たり前のことばっかり書いてますな(苦笑)。

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by penelox | 2005-05-17 23:34 | Jazz/Standards

The Thrill Is Gone / Carmen McRae

5/11

生徒さんも色々で、なかなか疲れる、適応するのが大変(苦笑)。

なんと言うか...15,6才である程度その子の能力、可能性がわかってしまうというのは、ちょっと悲しい。無限の可能性とかだったら良いのだが、この環境で、この性格、考え方だったら、まあだいたい予想がついてしまうと言いますか...。いや、のびしろはあるのだが、環境と本人の性格ゆえに、今ここにいる限りでの限界も見えてしまうのだ。そこで無限の可能性を...とか言ってますます本人を泥沼に追い込んだ経験もありましてね、前にも書いたかも知れないけれど。だから割り切らないと仕方ない局面も出て来る。もちろん大学に入ってからの出会い、本人の自覚、環境の変化...色んな条件が重なって、いい方向に伸びて行って欲しいけれど。

たとえば音楽に対しての反応ひとつをとってもわかることは多い。色んな面白い音楽、知らない音楽を紹介しても、それにおもしろそう...と、どんどん食いついて来る子もいれば、むしろ劣等感を刺激してしまって逆効果の場合もある。逆に、先生、僕はこんなこと知ってるけど先生知らんでしょ、だから僕の勝ち! みたいな、ホント不毛な対抗心にのみ情熱を燃やすような、ちょっと心の狭い子。この年代の子のバランスの悪さ、不安定さは当たり前なのだが、唐突にそういう場面に出くわすから大変。そういう子にあれやこれや言うよりも、彼のプライドを傷つけずに成績を上げようという気持ちにさせるにはどうしたらいいかを最優先に考えるしかない。ホントは人格的部分に成績が上がらない要因があるのだが、そこをあげつらっても逆効果だったりする。だから、優越感や差別的感情みたいな、子供に潜むある種の悪魔的感情(ちょっと言い方が極端だが)を利用した方が効果的だったりする。成績上がったらあいつら馬鹿に出来るやろ? とか...コンプレックスに訴える訳だ。実にしょうもないやり方だが、そういうやり方じゃないと上がらない子もいる。悲しいがこれが現実。

成績が上がりさえすれば何でも良いとは決して思わない。しかし成績を上げることで、そこから違う景色が見えるはずなのだ。家庭教師を頼む子には、自己変革能力、自分で自分をある種マネジメントする能力に欠けている場合が多くて、そこをなんとかしないと結局同じなのだが、とりあえずは違う風景が見える場所に立つことで自分を見直すことが出来るきっかけにもなるかも知れない。有数の進学校でコンプレックスのかたまりになっている子。ふやけた大学付き私学で悩んでる子。おんなじ指導は出来ない。だから難しい...。

夜中に「ガッパ」をやっていて、ぼお〜っとしながら観ていた。なんとも腰が砕ける珍妙な主題歌。いかにも怪獣ブームに便乗した特撮。戦後に残っていた安易な南の島幻想。ウルトラセブンと同じ昭和42年にしては、まだ38,9年的ムードをひきずっている。だが、だからこそ子供の頃は結構好きな映画だった。幼児の頃、欲しくても買ってもらえないおもちゃの中にガッパもあった。高度経済成長が翳りを見せはじめる時期よりちょっと前。手に入らない永遠の夢がまだ画面に刻み付けられた昭和40年代初めの日本映画。やっぱり自分が生まれた頃の作品は特別である。ストーリーも素直な親子愛がテーマで、決してカルトな珍作、というものではない。

だからここでのみうらじゅん氏の、子供の「ガッパ怒る」のセリフばっかりあげつらって笑う、いかにも80's風な切り口も、なんか今となっては妙にレトロに響く。もう何度も見なれた光景。今の若い人はかわいそうだと思うのはこういう時。この20年、この手の「B級映画」に対する見方、視聴態度はまったく変わらず澱んだまま、新しい視点も提示しないまま、ひたすらコピーのコピー、そのまたコピーになっている。焼き直しの劣化コピー的視点を従順に、ただ受け身的に消費するのはつまらない。しかしそれに気付く知識もなければ、受け入れざるを得ない...このサイクルが好ましいと思えない。それより、何が今と違うのか、何がこういうものを作らせたのか、映画産業の盛衰も含めた社会背景とかの方が重要だし面白いんだけれど...まあそれはどうせ自分で調べるんだからええか(苦笑)。

5/12

相変わらずバイトは大変だが、参加打診のコンタクトも進行中。
新レーベルのコンピ、また参加承諾をある方からいただいた。これは凄いコンピになると思いますよ。何しろ元Jetsetのあの方は当然として、元エルレーべルのあの方、この方が参加に意欲的なのだ。ひとりは"You Mary You〜"の方。もうおひとかたは、「いつも」というお名前で活躍された方。
そしてアメリカはシアトルのあのバンドの方(REMのサポートメンバーでもある)も録音する時間がうまく取れれば可能性がある。実はまだまだコンタクトしたい方はおられるのだが、そろそろ一枚のCDに収まるかどうか危うい。

こういう、仕事(というには金になってないが)とは別に聴いている音楽、ここ数日はジャズ/スタンダードのボーカルもの。カーメン・マクレエは、ビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドと並び称されるジャズシンガーの大御所。
でも、昔はもひとつ印象に残らなかった。濃厚でグルーヴィーな(ソウル寄り?)サラ・ヴォーンの熱にあてられて、他はあまり聴いていなかったと思う。おだやかに聴けるようなタイプのジャズ自体、ちゃんと聴いてられなかったからな...。

で、最近聴いて、なんで若い頃あんまり聴かなかったかわかった気がする。声質が凄くなめらかだからだ。でもそれが今となってはシルキーというか、すーっと入って来る。心地良い。この曲はチェット・ベイカーのも好きなのだが、それとはまた違う味わい。


5/13

夜中帰って来ると目に入る阪神の復刻版ユニフォーム...なつかしい! !
田淵、ブリーデン、ラインバック。はたまた掛布、岡田、小林....そんな時代を思い出す。

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by penelox | 2005-05-13 23:41 | Jazz/Standards

One In A Million / Maxine Brown

秋に出すアルバムのリリース準備。

プロモーションというのは、精神衛生上ホント良くなくて、いつもできれば逃げ出したいと思う。

モノを売る、というのは難しい。まして音楽は。今の音楽業界の状況を考えると、メジャーレーベルのバンドでさえ難しいのにまして何の後ろ楯もない弱小インディー、となると、売り上げとかは正直度外視せざるを得ない。情けないモノ言いにきこえるかも知れないが、それが現実なのだ。何よりまず、音楽を買って聴くという行為自体が今、若年層では急速に失われている訳で。ともかく聴きたい人にちゃんとCDが届くようにしたい、それだけで精一杯という感じなのである。

これだけ娯楽が多様化している今の時代、音楽を常に必要としている人というのは、実際そんなに多くないと思う。そしてその中でも意識的に、「いい音楽」を探し求めている人となると、もっと絞られる。悲しいことだが、世の中のほとんどの若者は、近所のレコード屋に入らないCDは存在しないものだと思っている。その怠惰さは本当に目を覆うぱかりなのだが、何しろ今ではマンガを読むのさえ面倒らしいから...。


(別にどこの業界も一緒だが)商売である以上、レコード会社や音楽メディアの基本姿勢とは、たくさん売ることであり、そのためにあの手この手を使うのは当然だろう。たとえば権威づけをしたり、おちゃらけトークで素顔を引き出して親近感を持たせたりするのも売るために知恵を絞った結果に過ぎない。しかし、知性やアーティスティックなアイデアへの敬意が仮にあったとしても、マスコミュニケーションゆえの限界でデフォルメされたシンプルな表現にならざるをえず、目立たせることを優先するために結局記号と化してしまう。これは競争に勝つためがゆえの事だから別段驚くにはあたらない部分もある。が、そういう競争原理を突き詰めてしまえば当然、良質の音楽の提供という、社会への芸術による貢献という側面がだんだん失われて行くことになる(いや、もう既にそうなっている)。それを見落とし続けた末、良質の音楽を排除し、売り上げだけを優先したやり方がまかり通り、ゆえに良質のリスナーも育たないという、結局業界が自分で自分のクビを絞めることになっているのである。

...なんか書いていて、JRの事故とある意味おなじ気がして来た...

で、そういう流れに私は出来るだけ加担したく無いのである。結局、この国の音楽の有り様は、この国の人間のあり様と正比例しており、それが長期的にみればここに住む人間を不幸にするだけだという確信があるからだ。だが、賛同者が今あまり多く無い、というのも事実で、そのへんで、どうやって賛同者を一定数確保しつつ(増えるなんて期待はみじんもない)この創作活動を維持し続けるか、正直それだけしか考えていない。だから売り上げは度外視。

自分は生きるために、つまりメシを食うために音楽をやっている(つまりプロ)のではなく、音楽をやるために(モノを作るために)生きているつもり。だから、理想とする音楽/創作の基準は下げたく無いのである。それは音質とか技術の問題ではない。プロ、という概念はある面では、メシを食えてるからとこれでいいんだと、音楽の質を下げたままでも許されるだろうと...そんな言い訳にきこえることが多々ある。それでしまいに自分で良い音楽をやっているんだと思いこんで、ダサダサなのに何も見えなくなって来る...。それは御免被りたい。売る音楽を作るための現場の大変さもわかるが、良い音楽、質の良い音楽がわかっているのなら、それに少しでも近付ける努力をしないと。たった一度の人生なんだから。私はそう思いますね。

日本の音楽を見ていて、チャレンジの方向、努力の方向が違うんじゃない?と思うことが多々ある。色んなことをないがしろにして突き進んだまま速度を落とせない...まさに音楽業界そのものがあの「宝塚発東西線経由同志社前行き快速」なのである、悲しいことに。(私はこの脱線事故のあった地域で日常生活を送っていて、遺族の方々、近しい人を失った方々への配慮はいつも十分持っているつもり。それを前提で、あの事故の原因を知れば知る程正直そう思う。)

まあ、こんなとこでグダグダ言ってないで、ベストを尽くそう...。



Maxine Brownが活躍した時代は、商業的成功と、芸術的質が奇跡的にクロスした60'sである。前半にヒットを飛ばしたが、後半は色々試すも、たとえばAretha Franklinみたいな、その後も生き残って時代の象徴(記号)になった訳ではない。b0022069_0302591.gifだから、輝きはほんの一瞬だった、と言えばそうなのかも知れない。でも、そういう女性ソウル歌手はたくさんいて、実際は殆どがそういう存在だったとは思う。そして、その地位に甘んじたことは音楽の質とは全く関係がなかった、そのことを最近痛切に感じる。

この曲を聴くと、彼女は前にPure Pop Chartにも書いたこともあるBetty Everettなんかと位置的には同じだったのかも知れない。R&Bがソウルと呼ばれるようになる時代の移り変わりの中で、世代的にはニューソウルには少し上の世代だったがゆえ、あまり
目立たないが...とくにこの曲はモータウンより濃厚で開放感溢れる(モッド?)ソウルポップ。単なる流行歌を狙ったただけだったかも知れないけれど、しかし質は圧倒的。そして、そんな(商業的成功と、芸術的質が奇跡的にクロスした)幸福な時代はもう二度と来ない、それもわかるのだ。

だから、今こういうことをやりたいというのではなく、それを歴史的に捉え直して、ある要素だけはしっかりリスペクトしたい、という感じ。芸術的質、それと、作っている人達の素朴な情熱。それだけは忘れたく無いのだ。もう60'sには戻れないし、同じことをしても意味がない。それでも、抽出すべき要素は、反面教師も含めてあると思っている。



仕事の帰りに「そうだったのか 手塚治虫」(中野晴行・祥伝社新書)を購入、読み始める。「メトロポリス」、なつかしい...。手塚氏は地元宝塚の育ちなので、子供の頃からとても気になる漫画家ではあった。が、彼の没後の一方的なもちあげられ様も正直気持ち悪かった。この本もそっち寄りなのかな? というのも少々あるが、またじっくり読んでみよう。


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by penelox | 2005-05-10 23:58 | R&B/Soul

People Get Ready / The Impressions

from album "People Get Ready" (1965)

最近あまりに運動不足なので、時間があると40分ぐらい歩くことにしている。
前は縄跳びをずっとゃっていたのだが、ちょっと単調なので飽きてしまった。で、風景も見られるからウォーキングに変えた。

体の脂肪というのは歩き始めて25分を超えないと燃焼し始めないとどこかで読んだことがある。それで、ふた駅ぶんぐらい、色んなコースを歩くようにしている。

で、歩く時はまた色んなことをじっくり考えられたりして、それも楽しい。

アフリカ系アメリカ人による音楽全般を聴いていて、いつも強く思うのは、彼等がおかれていた立場を無視して音楽だけを聴いても面白くない、ということだ。そのグルーヴも、そこに歌われている歌世界も、歴史的/社会的/宗教的背景に根ざしたもので、彼等の日常にある思考様式は、全てそういった背景とは不可分の関係にある訳だ。それがあの独特の音楽を作り出している訳で、それらを完全に無視したり目を逸らして音楽を聴くことは私には出来ないな。

かと言って、必要以上に取り入れるのも不自然という気もしている。実際のところ、そのへんのことを知れば知る程、自分の生活とあまりに遠いと感じることもあるし。説明が難しいので変な言い方になるが、まあそういうのも含めて、おそらく最大限取捨選択を意識して聴いているのだと思う。10代の頃の「自分探し」的な聴き方とはまた全く違う訳だけれど(まあ年齢的に当たり前だが)、色んな発見があるし、その方がもっと面白い聴き方が出来そうだから。


考えてみれば、アフリカ系アメリカ人の人達は、ついこないだまで露骨な人種差別に遭って来た訳だ(今でもあるけれど)。同等な人間として扱われることなく、人間としての尊厳を数百年も奪われたまま、あのアメリカに何世代にも渡って生きて行かなければならなかったのだ(私と同世代の方だったら、「ルーツ」という小説やTVドラマを子供の頃御覧になったんではないだろうか? 個人的には、アメリカのもうひとつの歴史をリアルに感じた経験は、あの大河ドラマがはじめてでした)。

..で、歴史なんかを調べればわかるが、厳然たる事実として、実際アメリカで公民権法が成立してまだ40年ぐらいしか経っていないのである。たとえばカーティス・メイフィールドのインプレッションズが"People Get Ready"を発表した年は、まだ黒人達が選挙権を手にした、つまり公民権法が成立した翌年に過ぎなかったのである! b0022069_21212923.gifその意味の重さをよくかみしめるべきなのだ。彼のソロでの気持ち良いグルーヴもきっと、その背景を抜きにしては語れないのだろう。だから、ああいう音も作りたいけれど、カタチだけまねるのはどうにも失礼な気がしてしまう。え? まねしてるやんけって?

いや、あれでも自分なりの取り入れ方なんですよ(^^;)。

1964 公民権法(人種・宗教・性・出身国による差別禁止)成立
1965 "People Get Ready"発売

彼の音楽は、平凡な日常会話的なレベルの感覚をすくいあげた音楽というより、もっと精神的な向上心や道徳性が高いから、ある時期を過ぎると、それほど脚光を浴びなくなったとは思う。しかし、そこで諦めなかった、つまりそれでも音楽で何かを動かすこと、何かを訴えることを決してやめなかったところが素晴らしい。例の事故以降、晩年は相当大変だっただろうが、亡くなるまで創作活動をやめなかったところ、そこにはとても惹かれる。そういう崇高な魂は、どこかで見ている人が必ずいる訳で。

...とまあ、寄り道したけれど、それ以前は当たり前のように人種差別が行なわれていた事を考えると、真の意味での人種偏見消滅への闘いとは(民族、人種、などという括り自体がただの幻想として捨てられる時代もいずれ来る、遠い先だろうが私はそう思う)長い人類の歴史の中で見ればまだ始まったばかりの長い闘いであり、今もその途上にあるのではないでしょうか。だって1965年というのは自分が生まれた年で、そんなに昔の気がしないのだ。人類の長い歴史の中でみたら、今の黒人音楽の盛衰(?)、に見える側面も、まだほんの一面でしかなく、たとえば今の所謂ギャングスタラップも、歴史の流れの中で、もっと大きな何かに合流して行くのだろうな...そんな気がする。いや、そう願いたい(ギャングスタラップに関しては、白人が相変わらず大半であろう音楽業界の既得権益を握る人々が、ああいうものを過度に売ろうとしているところに何か策謀めいたものを感じてしまうのだが、このことはまたいずれ)。

偏見というのは人類がいまだに克服出来ない病の一種と、どこかできいたことがある。...あ〜、もしかしたらそれ、「スタートレックThe Next Generation」での、データ少佐の言葉だったっけ!
でもふだん高校生とか相手にしていると、確かに偏見というものがいかに安易に心に巣食うもので、そして剥がすのが大変なものなのかよくわかる。差別される側が悪い、問題がある、なんて論理を簡単に振りかざす無知蒙昧が、15,6才でもう一丁前に育っているのだ。それをアタマごなしに否定するのではなく、何故それがおかしいのかをきちんと論理的に説明して納得させる...それが大人の義務なんだろうなぁ...そんなことを、授業という闘い(^^;)の前に思う今日この頃。

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by penelox | 2005-05-08 21:35 | R&B/Soul

Lover Come Back To Me / Dinah Washington

from album "Dinah Jams" (1954)

5/4

やらなきゃいけないことがたくさんあるにもかかわらず、連休という世間のムードに引っ張られて、処理能力が極度に低下する...。

ビデオでコンプリートしているのに、DVDも多数持っているのに、またしてもウルトラセブン連続放送に涙している阿呆は私です。仕事もあるので、合間合間だが、それでもやはり新たな発見や感動がある。

姪っ子が来ている。彼女のせいで私のパソコン、プリキュアのシールだらけになってしまった。でももう5,6才ともなると、そんなには寄って来ない。まあそんなもんなんだろうな。都合の良い時だけ寄って来るのだが、ウルトラセブンがミクロ化して松坂慶子の鼻の中から入って行くシーンにびっくりして逃げて行く。で、恐い恐いを連発する割にまた戻って来るのだが。

5/5

色んなアーティストの方々にコンタクトを取っている。
コンピに参加していただく基準は、良い曲、良い音楽をやっていること。まあ私の中で、ということなんで、とてつもなく漠然としているとは思う。かなり説明が必要かも知れないけれど、それはコンピを聴いていただければわかるのでは!

コンピを作るというのはまた自分の作品を作ったりとは違う、刺激的な行為である。何よりまず、入って来そうなアーティストどうしのバランスも考える、というのが普段ないことなので面白い。まだ曲をいただいていない段階で、それぞれのアーティストの個性について色々思いを巡らしながら、コンピを色々と夢想出来る。これがまず、楽しくて仕方ないのだ。

そして、うまくやればそのレコード(CD)が全体としてひとつのメッセージになる。もちろん私が作る音楽ではないものが殆どで、皆さんそれぞれが個性的だし、きっと当然スタイルは違って来るはずだ。また、私のそういう考えなども全く無関係に提供して下さるはずである。つまり想定外(笑)の要素が多いはず...。で、それが良いのだ。アドリブセッションみたいなもので、それで逆にがぜんやる気に火がつくといいますかね。

連休に関係なく仕事、仕事。
しかし今日の仕事場所、殆ど甲子園球場のライトスタンドみたいだ...。誰がバッターボックスにいるのかさえわかる(笑)。

移動中、ずっと聴きたかったダイナ・ワシントンのCDを購入。しかし夜中聴いていたのは、Ma Rainey(マ・レイニー)。たぶん1928年の録音。この方は「ブルースの母」らしい。なんかこういう感じの称号の人も色々いるんだろうなあ...。

しかし、ブルースというのも、初めて本格的に聴いたのはもう16,7年前だけれど、その頃からしてもだいぶ印象は変わった。聴けば聴くほど日本でブルースやってる方々からどんどん自分の「ブルース」観が離れて行くのが寂しいところだが。そういうもんなのか?っていう疑問ばかり募って来るのだ。
まあ、これについてはまたいつか書こう。

5/6

今日は甥っ子の子守りと仕事。例の事故のせいでJRは宝塚〜伊丹間が不通(もちろん尼崎まで不通)。そのため、阪急で遠回りして行く。

あの脱線事故があってから置石をする奴が後をたたないのだそうだ。ついこないだもうちの近所の線路であったらしい。どういう心根なんだろうか。そんなことで世間にアピールするぐらいしかやることがない、ということなのだろうか。自分でやってて情けなくならんのかね、まったく...。

甥っ子は姪っ子とは逆に一番寄って来る時期のようだ。あまりに遊び過ぎて疲れたようだったので、もう寝るか?ときくと、自分で毛布をもって来て、私の上に乗っかかってさっさと寝てしまった!

わしゃ敷布団かぇ!
それにしても重たくなったのぉ...。

ダイナ・ワシントン、1954年の録音。ジャズの黄金期というのは、どうやら50's全般で1960年頃まで、というのが一般的らしい。b0022069_1959576.gif何故か、っていうのはよくわからない、まだ勉強不足だから。しかし知ってる限りでも、良いなぁ...と思うものはその時期が多いような気はする。

また、彼女自体は「ブルースの女王」と呼ばれているらしい(!)。けれど、あんまり泥臭さは感じない。なんか元気いっぱいではつらつとしている。なんせこの時まだ30だったようだし。まあこれは一応「ジャズ」だからスタイルを変えているのかも知れない。

ジャズとブルースの関係というのも、最近気になるところ。


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by penelox | 2005-05-06 23:45 | Jazz/Standards

See See Rider / Lavern Baker

連休だからとかそういうことは何も関係なく、ただただ、やる事だらけ。しかし好きでやっているのだから、しんどいなんて言えませんよ、ええ(^^;)。

相変わらず音楽に関してはほぼブラック・ミュージック漬け。メンバーや各所にニューアルバムを聴いてもらうためにMD作り(まだ家でCDを作れないもので)、その合間にMaxine BrownやDoris Duke、はたまたDenise LaSalleの凄みを賞味。また、Mary WellsやMartha Reeves & the Vandellas、Dixie Cups、Irma Thomasの素晴らしさも堪能...要するに溺れている状態。もう一度いちから音楽勉強し直してますね、ホント(^^;)。

モータウン・ビートというのも、もはやあちこちに使われ過ぎていて、もうそれがどこから来ているのかさえわからない、単純に60'sを思わせるための素材、道具のひとつになってしまっていると思う。それは自分がpenelopesでやってる音楽なんかもそうで、そんな意図がなくても、結果的に単なる剽窃かトリビュート的な印象で終わってしまってることが多々あると思う。だから出来るだけイージーなものにならないように、創る時は色々考える。自分らしい要素にうまく昇華されるように注意深くやっているつもり。それでも、「モータウン」という記号が安易に使われているのは事実だ。それゆえ、今後時間が経てば経つほど、陳腐にきこえてしまいそうな気もするのだ、その言葉自体が。だから、もうこれから「モータウン」って言葉、あんまり使わない方が良いかな...と思ったりもする。

実際、モータウンは大好きだけれど、それ以外にも同時代で素晴らしい音楽があったことがよくわかって来たのも事実。もしこれらを愛情をもって調べて行けば、「モータウン」という記号が意味する要素の歴史的背景もいずれつまびらかにされ、いずれ記号としての意味も個人的に解体するんじゃないかな、と思っている。そして、それによってひとりひとりのアーティストへの理解がもっと深まるのは、良いことなんじゃないかと。

あの跳ねるビートというのは、(たぶんブルースがジャズなんかとも混じりあいながら、激しいリズムを得て出来上がって行ったと推測される...違います?)ジャンプブルースからさらに発展して出来上がって行ったんでしょうね。それがたとえば一方ではロカビリーになって行ったり、一方ではモータウン・ビートになって行ったり...というか、ここからここまでがジャンプで、ここからがロックンロールで、ここからがR&Bで、ここからがソウルで...って分けるのもな〜んか阿呆らしい気がして来た、特に上の曲を聴くと。

50's-60'sに主に活躍した黒人女性ブルース(?)シンガー、ラヴァーン・ベイカー。
この曲は、もともとアニマルズの曲で知っていたが、それはブリティッシュR&B的な鋭角的な感じがあったのだ。b0022069_19575287.gifところがこの原曲、聴いてみたら、なんかチャック・ベリーの「メイベリーン」みたいではないか。それでいて、声は相当ディープでソウルフルに炸裂している。リズムはモータウンぽい跳ね方。なんか色々聴いた末にこういうのを聴くと、色んなものが見えて来る。うーん、深い...。

ロックンロールが白人のものみたいになってる今では奇妙にきこえるかも知れないけれど、そもそもがプレスリーは黒人のブルースを聴いて育った訳だ。このラヴァーン・ベイカーも彼にとってのアイドルでもあったらしいし。

経済的、時間的な制約ゆえ、カテゴリーを絞って聴く、というのもそれはそれで良いとは思うけれど、分けて聴かない方が色んなことが見えてくる...それも事実だなぁと改めて感じ入る今日この頃。


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by penelox | 2005-05-01 22:36 | R&B/Soul