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Magic Triggers / The Wolfhounds

from album "Attitude"(1990)

11/29

入試はこれから3ヶ月がヤマ場、ということもあってアップダウンの激しい日々。
ああ、それなのに、軽率な大怪我をしてしまったある生徒さん。アメフトでかなりのところまで来ている選手なのに、試験数日前に遊んでいて骨折とは...。

怪我は治るけれど、こんなところでやってしまった事で心に要らない焦りや混乱を生む、そっちの方が問題なのに。そのへんがホント軽率...。自分で学んでもらうしかないのだろうか。あちこちで心配が絶えない。

一方で音楽を作るという作業は止まったまま。このまま、永遠に止まってしまいそうな気さえする。

でも、こういう精神状態の変わる時がいつか来るのもまた、何となくわかっている。
また気持ちと時間がピタッと合う時が来る、というか。経験上、それもわかっているのだ。だから、その時の為にポテンシャルを下げておきたくない。自滅したくない。

若い年代の人と接していてわかるのは、経験を重ねている分、歳を取ると先の試練に対する心の準備が出来る、という事だ。結局その違いだけなのかも知れないし、それが良い方向にも悪い方向にも転び得る訳で、それはやっぱり、考え方ひとつなのだろう。


もう止めよう、そうフト思った時にまた何かが救ってくれて、また続ける。考えてみれば、最初からずっとそれの連続だったのだ。何が救ってくれたかというと、人との出会いであり、新しい出来事であり...そして、やっぱり音楽だった。もちろんこれらに絶えず救いを求めていた、というよりも、結果的にヒントをもらった、という感じだが。


音楽を聴き、それについて書くというのは、結局はその(書いてる)人間そのものを語ってるのと同じ事だと思う。その場合、音楽は鏡の役割を果たしているだけであって、むしろ、語っている人間の"Attitude"(姿勢)が実は露になっているのだ。自分の素性、世代、育ち、考え方、受けた影響...ありていに言えば、「生きざま」が出るのである。どれだけ戦略的に、あるいは取り繕って書こうとも、必ず出る気がする。誰でもそうなのかも知れないが、この人のセンス、書き方、批評は参考になるな、っていうのは結局その人の考え方、人となり、「生きざま」が評価できたりリスペクト出来たりするから、という事が多い。そうでない場合は、「芸」「作風」としてよっぽど面白く読めるか。

そして、音楽は鏡であると同時に、それ自体も成長し、進化し、変転を続けて行く。作り手が続ける限り、ちょっと目を離している隙に、どんどんその容貌を変えて行く。生きていると言った方が良いのか。だからこそ、書き手としては、音楽という生きた鏡とは誠実に対峙し、追い続けたい。作り手の音楽創作の真剣さを思う時、衿を正さねばと、いつも注意している。人間が作っている限り、全く聴く価値のない音楽など存在しない...極めて根源的に突き詰めればそう思うから。

とにかく日常のマイナス因子は出来るだけ取り払っておこうと思う、また気持ちが上向きになって来る時のために。



b0022069_12183774.gifMagic Triggers...「魔法が誘発する」...何を誘発するのかは、歌を聴かなければわからない、ということなのか。「魔法の引き金」とも取れるこのウルフハウンズの曲、どちらにせよ良いタイトルだ。

音楽という魔法は様々に想像力を掻き立ててくれる。ラストアルバムとなったこの作品、静謐なピアノの曲があったりして、基本となる、既に定番となった彼等特有のギターサウンド、陰鬱で偏屈な匂いはそのままだが、どこかに安らぎを求めるかのごときやわらかさも少し見えて来ている。淡い夜明けの光が微妙に射し込みつつあるせいで、視界がだんだん開けて来たというか。決して評価、売り上げで恵まれたバンドではなかったが、確実に、地道に出来ることを進めて行った。そのタフさが英国らしくてまた良かった。今もし再結成したら、どれだけ面白い事をやるだろうか。
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by penelox | 2005-11-29 05:15 | New Wave

Me / The Wolfhounds

from comiplation "Idea Compendium 1988"(1988)

mixi12/5の日記を編集、11/28に遡って掲載

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80年代後半の英国ギターポップ、今回はウルフハウンズ。

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"Cut The Cake"という曲の入ったシングルで聴き始め、"Idea Compendium"というコンピで2曲。そのうちとりわけ印象的だった"Me"。b0022069_10225852.gif英国で聴いたジョン・ピールがかけた"Happy Shopper"がまた印象的で。 で、アルバム"Bright & Guilty"。ここでも"Natural Disaster"という曲が引っ掛かって来た。

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このアルバム、これでもかというぐらいに、いかにも英国臭濃厚なアート・ギター・サウンド。「ポップ」というものへの自分なりの定義に、また新たな視点を加えてくれた感じでした。

「ノイズ・ポップ」と形容された彼等は、いわゆるC86と呼ばれた80年代英国のギターバンドの中でも、なんとも形容し難い、しかし何故か印象に残る曲をやってました。印象的、としか言い様がない独特の(偏屈感のある)その音。 不協和音スレスレの(このスレスレ、というのがポイント)ギターバンド。聞きにくい、という程ではないけれど、どこか、何故? と思わせる、不安にさせる和音構造を微妙に混ぜたギターサウンドとポップなんだけれどガレージバンド的曲構造、そして微妙にしつこさのあるVo...このへんがいつも気になるバンドでした。たとえて言えば、ブルース臭はさほどないアート・ガレージ・パンク・ポップ。

同時代のザット・ペトロール・イモーションのギター主体の曲に方向性として近いものがあったかも。 キンクスの"I'm Not LIke Everybody Else"もカヴァーしてましたが、それも彼等の色に染め上げていて、結構好きでした。この頃のバンドは、その後のマンチェスターの波に飲まれて影が薄いのかも知れませんが、なかなか面白い音楽をやっていたバンドも多いんです。その事を改めて思いましたね。それと、歌詞。これがまた気になる。タイトル自体が非常に風変わりだったから...。

もう一度"Me"を聴いてみた。
また違う印象。彼等以外に出せない音を出してたと思う。

彼等のサイトはこちらにあります。


リーダーのデヴィッド・キャラハンは90年代にMoonshakeというバンドをやっていた模様。こちらもまた聴いてみたいもの。


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b0022069_10245082.gifしかし考えてみると、当時Cherry Redの"Seeds II: Pop"と、Ideaの"Compendium"のふたつは、80年代後半に出たコンピレーションとして、かなり役に立った気がする。
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1ジャンルに絞っている訳ではなく、バラエティーに富んだ選曲で、かと言ってバラけ過ぎず。英国インディーミュージックの層の厚さ、音楽文化の豊かさを教えてくれます。

自分もコンピレーションを作るなら、こういう風にしたい...そんな見本。また改めて細かくレビューしてみようと思っています。
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by penelox | 2005-11-28 05:15 | New Wave

Waiting For A Change / The June Brides

from compilation "The Peel Sessions"(1987)



11/27

mixiの12/3の日記に掲載。時間を遡ってこちらに掲載!

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80年代後半のギターポップも最近久々に聴き返しています。
色んな事を聴き逃してたんじゃないかと気になって...10数年ぶりにぼろぼろのレコードを引っ張り出して来る深夜。 今夜はこれ、ジューン・ブライズのジョン・ピール・セッション。

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この曲は曲作りに関して凄いインスピレーションを得ましたね、今の自分の音楽とは全然似てないかも知れませんけど。 彼等がジョナサン・リッチマンに影響を受けていたという様なこともずいぶん後になって読んだ覚えが。 色んな事が後になってつながった...その最初の原点のひとつではありました。



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b0022069_11454565.gif84年から87年ぐらいに英国インディーシーンで活動したThe June Brides。80年代後半のギターポップのある部分を象徴している音を奏でていた人達。

80年代後半のこういう音楽というのは、基本的に80年代前半のオレンジ・ジュースやアズテック・カメラの初期などを念頭に置くとわかり易いのではないだろうか。彼等がインディー時代の活動で切り開いた音世界(より開かれたポスト・パンク・ギターサウンド)を、その当時客席から見ていた若者達、あるいはメジャーに移籍して以降の彼等を知り、遡って最初期の姿を知ったさらに若い世代...だいたいこういう立場の人達が、そこから触発され、ギターを手に取った、そんな感じがする。The June Bridesの場合は、その「第二世代」の先頭、あるいはもしかしたら「第一世代」の遅れて来た人達だったのかも知れない。

b0022069_11435547.gifとにかく、The Pastelsらとともに、80年代後半のフワフワしたVocal(悪い意味じゃないですよ)をフィーチャーしたジャングリーギターポップのひとつの形を完成させた代表格、という気がする。最近英チェリーレッドからアンソロジーが出た模様。

オフィシャルHPはこちら

続いてmixi12/4分の転載/編集。

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ジューン・ブライズ連発。

b0022069_11484028.gif私が彼等に出会ったのは1987年に出たこのコンピでした。結構今となっては有名ですけど、当時は全く話題になってもいなかったんです。というか、これを聴いている人に全く出会わなかったし、そういう人が他にいるとも思ってなかった。雑誌にも載らない、ネットもないですから。






b0022069_1149491.gifで、ここで知った人達を色々探しまくったんですよ。何故かわからないけれど、憑かれたように、それはもう、必死でした。 このあたりの12インチもよく聴きました。b0022069_11464313.gif当時は60年代、アメリカンPower Pop/New Waveと並行して英国インディーも聴かないといけなかった(いや、別に聴かんでええっちゅうの^^;)んで、本当に大変でした(笑)。学校に行く暇もないほどで(笑)。こういう音楽を聴いてはひたすらデモを作ってたんですよ。

それがPenelopesの前身の前身になるようなユニット。The Love Paradeという名前でした。ゾンビーズとかスリー・オクロックのカヴァーをパステルズとムーブの間を行くサウンドでやろうとしてました。 後に、全く同じ名前(Love Parade)だった英国のバンド(のちのPure)とコンピCDで一緒になるとは思いもよらず...。


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何だかんだ言ってもこのあたりが私の原点のひとつである。この頃から音楽を聴くことが、単なる憧れから、自分もやってみようと思う大きな動機に変わっていた。それを改めて聴くと思い出す。自分と同年代ぐらいの人達が作品を出し始めた...自分も黙ってられない、と。

しかし、それはやってみるともちろん難しい事だったけれど。こういう音楽を聴いている人を日本の、まして自分の回りで見つけることはほぼ不可能だったから。当時「日本のロック」と呼ばれるもので、この頃の英国インディーに触発されて音楽をやっている、そう思える人達は全くいなかった。1987年はまだ、そういう時代でした(注・フリッパーズ・ギターが出て来たのは89年、しかも私より3つぐらい若かった。彼等の登場は、それはもちろん素晴らしい事だったけれど、聴いてみて世代的に自分とは少しずれている、という印象もまた強かったのです。ゆえに彼等の英国インディー解釈には違和感もありましたね)。

仕方なく、独りでやり始めた。カラオケ用の安物マイクを買って来て、カシオトーンの紙箱の上に括り付け、マイクスタンド代わりに自分の前に置いた。中古のギター(ギターコードは兄貴のギターで練習していてある程度覚えていた。左利きだったので右利き用のギターを弾くのは本当に難儀で、長時間借りては大喧嘩になっていた。それでなんとかお金をためてポロのリッケンバッカーのコピーモデルを買い、やっと解決した)、ドクターリズム(当時一番シンプルだったリズムボックス)、マイク、この3つをラインでラジカセに二股のジャックを駆使してつなぎ、せーので一発録り。情けない出来だったが、いくつかはそんなに悪く無いなと思った。

やり続けると、曲想が次から次へと湧いて来た。弟に聞かせると、デモテープ送ってみたら、と言われて、また調子に乗った。出来のひどさに対する恥ずかしさよりも、楽しさの方が勝っていた。何より、やらなきゃいけない、これは...そんなエネルギーに何故か突き動かされていた。ある程度出来てくると、今度は大胆さも出て来た。Ideaや、Jetsetで知られるDance Networkにデモを送ったのだ。日本では、どこに送っていいのやら、まるで見当もつかなかったから。

試行錯誤の毎日が、楽しかった。後ろめたいし、不安だし、出来に満足など出来なかったけれど、この充実感は何ものにも代えられなかった。自分の出来そうな事が、やっと見つかったと思った。

87年、22才。これが全ての始まりだった。
その事を、これらの音楽たちがまた、思い出させてくれる。
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by penelox | 2005-11-27 05:15 | New Wave

Lucy / The Divine Comedy

from compilation "A Secret Histroy" (1999)

11/26

いわゆるブリットポップを聴き直す、というのも引き続き続けています。
このバンドの中心人物であるニール・ハノンはアイルランド人なのだが、英国に出て来てメジャーデビューしたのがちょうどそのブリットポップが盛り上がった90年代前半であったため、その中に入れていいであろう、ということでご了承いただきたい。


b0022069_14241317.gifダンテの「神曲」から取られたというディヴァイン・コメディー。バンド名ほどマニアックさ(狂気)があまり感じられない、という印象があったのだけれど、そのぶん親しみが持てる音楽、とも言える。このあたりに関しての評価には簡単に結論付けられないところがある。

もし、もっとマニアックな感性、はみだして来る狂気(と言うのも極端かも知れないが、背筋が凍るような一瞬とか)がそのポップな音の中にあれば、もっと強烈な印象が残るのかも知れない。しかし、それはあくまで80年代的な見方のような気もする。

ヨーロッパ、デカダン...これらを思わせるこういう名前で連想できる音楽はネオサイケデリックからゴシック、あるいはそんな匂いのある音楽...それらは80年代はもっと自分が聴いていたNew Waveという括りの中で、ネオ・アコーステッィクやギターポップと近接的に存在していた。だから、こういう名前ならこういう音、と簡単に決めつけてしまっているところがある。しかし90年代以降、そういった音楽は地下に潜るか、アメリカに渡ってヘヴィーメタル/HRとの融合を進めるか(グランジ/オルタナ)したように思う。このようなマニアックなバンド名だと、どうしても(なつかしき?)80年代的デカダン・ポップを予想して、それが得られないからもどかしい...きっとそういう事なのだろう。

中心人物のハノン氏は自分と同年代であり、聴いていた音楽も、こちらのサイト(勝手にリンクを貼らせていただきました。すみません。皆様、大変参考になるのでぜひ御覧下さい)を見ると非常によくわかる。こういう変遷を経てここまで来た人だと、ああなるほどな、と。バンド名をヘヴィーに取り過ぎていたのかも知れない、そんな事を改めて思う。


どこに力点を置いてモノを見るかで、音像は姿を変え始め、本当の意味で音楽の中(コア)に心が入って行く。音楽を手に入れる、自分のものにする、という経験において、ここに無上の喜びがあると思う。周辺の事、背景、作ったその「人」を知る事で、さらに(人間の基本的営みのひとつである)音楽の全貌に迫ることが出来ることを改めて感じる。


出色は冒頭の3曲"National Express"、"Something For The Weekend"、"Everybody Knows (Except You)"。そしてバンド編成の頃の1stアルバム(これが非常に聴きたい)の曲で公式的には最初のアルバムと取られている2nd "Liberation"にも収録された"Lucy"。これがやはり、80年代後半のギターポップの空気を残していて好きだ。REMが好きだったというのもよくわかるし、スミスの影響も強かったのではないだろうか。エドウィン・コリンズが初期シングルをプロデュースしていたというのもよくわかる。彼は当時A HouseなどSetanta(アイリッシュのバンドを主体にリリースしていたのだがこれは意図的なものだったのかな?)のアーティストを手掛けていた。当時自分のバンドPenelopesがいたレーベルRail Recordingsでは、彼を中心にSetantaの作品を出す、という話があったのを覚えている。結局コリンズ氏の"Gorgeous George"だけのリリースになってしまったようで残念だったけれど。

The Beautiful Southでもそうだったのだけれど、年代順に並べてくれた方が(もちろんそれは音楽的美しさの流れを考慮しての事なのだろうけれど)ありがたいのだけれど、活動の大雑把な流れを掴むのに適した好コンピレーション。
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by penelox | 2005-11-26 23:59 | 90年代

Pretoria Quickstep / Microdisney

from compilation "We Hate You South African Bastards!"(1984)

11/23

仕事の移動が大変、風邪をちっとも直さない生徒も大変、英語教えるのも大変...しかし自業自得。好きで選んだ生き方だ。

今日mixiに載せたマイクロディズニーの話。

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とりあえず今、これを聴いています。
マイクロディズニーの、1stアルバム以前、1982年から84年までの音源を集めたレコード。

まだキャーサルとショーンの二人組の時代。
簡素なリズムボックスによるリズムに、淡いキーボード。その上をショーンのアメリカン・タッチのギターが水彩画のように滑って行く。そこに乗る野太くソウルフルなキャーサルの声は、聴き流せる類いのものではない。これらが混じりあい、夢みるように鮮やかな純粋に良い「うた」が生まれ...

それなのに。

最後の曲"Pretoria Quickstep"の意地悪なエンディング。 まるで、夢と悪夢に何の違いがあるかとでも言いたげな無惨なループ。 アマチュアリズムの自然な延長線上にある手作りの温かいポップ感覚を持ちながら、メロディーの良い「うた」を最後に裏切ってみせる彼等。そして、この怒りに満ちたタイトル。こんなややこしいことをする、これぞ、知性と反骨みなぎる、ネオアコースティック。

これをネオアコースティックと呼ばないんだったら、私はあんまりこの音楽ジャンルには関わりたくないというのが正直なところ。

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しかし、"Pretoria Quickstep"とは何であろうか。
プレトリアというのは南アフリカ共和国の行政上の首都である(南アには首都は3つあり、行政上はプレトリア、司法上はブルームフォンテン、立法上の首都は国会議事堂のあるケープタウン、ということらしい)。

で、Quickstepとは社交ダンスのひとつである。
こういうものだそうで。いわゆるチャールストンとかよく言うやつみたいです。とにかく、英国発祥の社交ダンス。

ダンスという言葉は、コステロの歌なんかだと、男女の夜の事の象徴として使われるのだけれど("No Dancing"とか)、社交ダンスというのは政治の比喩だろう。これは確証はないけれど、恐らく利益調整の場たる政治における、手打ちの儀式の象徴として社交ダンスの"Quickstep"という言葉が使われているのだと思う。

b0022069_09246.gif帝国主義(注・英国とオランダと書いてましたが正確でないので修正しました)の利権争いに翻弄され続け、白人の支配により91年まで人種隔離政策(アパルトヘイト)が続いていたこの国の事を考えれば(しかもこの曲が出た頃はまだアパルトヘイトを取り続けている時代。ネルソン・マンデラは獄中にあった)、そして当時ラフ・トレードをはじめとする英国のインディー系のアーティストがその南アの政策を非難し続け、作品をリリースしていた事を思い出せば、この曲も何かを示唆しているのは間違い無い。英国に支配され続け「欧州の黒人」とかつて呼ばれたアイリッシュの立場から、ヨーロッパ/白人の罪を遠回しに糾弾、告発しているのだろうか。

南アフリカの歴史についてのわかりやすい説明がこちらにあります。

毎度毎度情けなくて書かざるを得ないのだが、80年代が音楽的に何もなかった、というのは、90年代の音楽業界の新規開拓のために作られた捏造であり、虚像である。完全なデッチアゲ。これが私の前提である。その前提で、80年代半ばというのは、まだまだ解決されていない政治的、社会的問題に音楽がコミットしようとしていた...それも忘れてはいけない要素。それをナイーブなヒッピーイズム崩れと笑うのも簡単だし、今の時代に声を上げる事の難しさもわかっているつもり。だから、単純比較はしたくないのだが。

それでも、インディペンデントな音楽活動、というのを考えてみるに、80年代に彼等(そして当時のアーティスト達)のやった事は興味深い。少なくとも、知的姿勢や社会的不公平、弱者に対する優しい視線があった。簡単に言えば人間への愛情と言おうか。ブッシュ・小泉的強者の論理、差別主義、短絡的な暴力的解決とは違う視点に、もっと勢いがあった。

そこに関しては今より遥かにマシだったし、そんな時代があった事をちゃんと伝えておきたい。中年保守オヤジのまったり空間や思考停止だけがインターネットの使い途ではなかろうから。
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by penelox | 2005-11-23 23:59 | New Wave

Song For Whoever / The Beautiful South

from compilation "Solid Bronze Great Hits"(2001)

11/21
最近、暇があったらとにかく歩いている。
現在の体力低下もそうだけれど、10年後が恐いから、というのもある。
50になったら、そりゃ当然今より体力落ちてるだろうが、出来るだけ落ち幅は小さくしたい。体力低下が精神力低下につながるのはわかっているから、それに対する対抗策と言おうか。パソコンは便利だが、そのぶんやることが増え過ぎて、うかうかしていると動かない時間が増えてしまってる。これが非常に恐い。

だから、仕事の移動中でも、時間があると一駅、二駅を歩いたりする。だいたい30分ぐらい。やり取りをしている方には申し訳ないけれど、これからは出来るだけパソコンの前に座る時間を減らそうと思っている、今後の健康のために。
当たり前だが、もう20代の若者でもないし、30代前半とも違う。そういう、年相応の健康管理を最近忘れがち。時間は確実に過ぎて行ってるのだから。


ビューティフル・サウスが、ハウスマーティンズの発展型と考える人も、今では殆どいないのではないのかな。いや、そもそもつながりがある事を知らない人や、ハウスマーティンズ自体知らない人も、今じゃ多数派なのかも知れない。

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それぐらい、成功、活動の長さという意味で、比較にならないぐらい大きな差がついてしまった。しかし、質的には決して負けて無い...なんて思う私は圧倒的少数派なのだろう。

心というものは、過去のある場所で立ち止まってしまってる部分がどこかにあって、それを正しく認識するのは年々難しくなる気がする。過ぎて行く時間の長さが増えるにつれ、自分の生きて来た証の不確かさに不安を覚え、過去にとどまろうとする動きが働くのだろうか。しかし受け止めないと。時間は確実に過ぎて行ってる、残酷なぐらい。

b0022069_132241.gifこのベストを聴いていても、ボーカルにその要素が残っているということ、バラードがハウスマーティンズのそういうタイプからの延長線上にある、程度のことが窺い知れるだけで、残像を追ってると馬鹿らしくなるぐらい、よく出来た英国AORポップという感じだ。年代順に並べてない(何故?)ので、アーティストのモノ作りの変遷、もっと言えば心の流れの軌跡がブツ切りになっていて、そこが実にわかりにくいのが残念なのだが、まだこのバンドとしてのアイデンティティーを模索している89年頃の音源は、ハウスマーティンズ色が微妙に残っている感じ...これは間違いなくある。上の曲は特に、このコンピの中では際立ってそう聴こえる。しかしこのコンピ、そもそも入って無い曲も多い気がするのだが。昔ある人に頼まれて彼等の曲のリズムを打ち込みでコピーした事があったが、それも収録されてない。

徹底して男女のすれ違いを描く歌詞という意味ではスクイーズにも通じるけれど、男女の掛け合い的なVoスタイルで、両者の立場を対立的に描く、というのは、どこかミュージカル的。気持ち良い音像。でも、どこか物足りないところで終わる曲が多いのも確か。これは何故なのだろうか。ハウスマーティンズと比べると、社会への言及を意識的かというぐらい表立って出して無い気もする。これも興味深い。この印象を意識して、もう少し深く聴き込んでみようと思う。
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by penelox | 2005-11-21 23:59 | 90年代

Everybody Is Dead / Microdisney

from compilation "The Peel Sessions Album" (1989)
originally contained on album "Everybody Is Fantastic"(1984)

11/20

「渡邊恒雄 メディアと権力」読了。ただただ寒々しい読後感。しかし、これは誰もが読んでおかないといけない本。現在のメディア事情を知る意味でも、それが私達の心をどれだけ侵食しているかを考える意味でも。その他にも、様々な示唆を与えてくれる。日本のエリートとは。メディアのあるべき役割は。権力というものの構造的問題。
そして、日本人。

日本が何でこういう状況になってしまったかに関しては、やはりあの戦争を真摯に反省しなかった...それがまず大きいと思う。そして、民主主義の本質を理解しないまま経済活動にのみ奔走したがゆえに出来上がってしまった、忖度(そんたく)というには卑屈なまでの、自粛社会の形成。だから、またしても言論弾圧のムードがのして来ているのに、いい歳してそれに気付かない人間だらけなのである。それが、ネットの書き逃げ可能な状況、小泉政権の限り無きアメリカ属国化への「構造改革」によって、弱いものいじめを良しとする大量の、烏合の、しかし卑劣漢からなるムードを助長しているのであろう。

しかしこの、社会の中の個、としての自分の行動への無神経さ、他者への想像力の不足について、どうやって相手に伝えるか、これが非常に難しい。無神経で想像力がないと、相手を貶しているだけでは、伝わるものも伝わらない。考えるチャンスさえ与えられないからだ。


マイクロディズニー。何故マイクロディズニーなのだろう。何故、(マイクロチップを思わせる機械的な)マイクロと、(ファンタジックなアメリカの夢の象徴である)ディズニーが合わさっているのか。ハタチの頃、アイルランドはコーク出身のこのグループの、夢の世界と無機的で残酷な危険な世界を併置させたこの奇妙な名前に、ものを伝えることのあるヒントをもらった気がする。

b0022069_23525545.gifオリジナルは1stの最後に収録、アルバムタイトル"Everybody Is Fantastic"と一見正反対のタイトルのこの曲。アルバムでは"I ・・・Love・・・ You! !"と切ない叫びをあげて消えて行くのだが、ジョン・ピール・セッションでは、この素朴な味のおだやかな曲に突然何が起こったのかと腰を抜かしそうな、狂ったような雄叫びによるエンディングとなっている。初めて聴いた時は、本当にびっくりした。

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しかし、こんな真摯な"I Love You"にはなかなか出会えない...そう思ったことも付け加えておきたい。

愛しているからこその、複雑な思い。この世界、あの人の無神経、この人のぶざまな行動への・・・。全部ひっくるめて、それでも結局この3語に集約される。だから、こう叫ぶしかなかったのだ。その思いが伝わって来る。

アルバムのタイトルと正反対のタイトルの曲をわざわざアルバムの最後に配し、「このアルバムを最高に楽しむには最低4回は聴いて下さい」という誠実、かつ熱い言葉をスリーヴに残す彼等。もし「ネオアコースティック」という括りに意味があるとすれば、それは、ポスト・パンクの荒野に咲いた可憐な、しかしたくましい一輪の野花という点で、であろうか...それを、いやがおうでも思い出すのだ。

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「みんな死んでいる(クズ」)は、「みんな素晴らしい」と同義。そしてその逆も然り。そう言ってるように思えて仕方ない。複雑だがその清濁併せ飲んだ強靱な精神こそが、ポスト・パンクに残った希望であり、それこそが、聴き続けてもう20年は経つのに、未だに不思議な薄明かりのように、心に灯り続けているゆえんであろう。
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by penelox | 2005-11-20 23:59 | New Wave

Exhuming McCarthy / R.E.M.

from album "Document"(1987)

11/19

久々に弟が来る。パソコンを持って来ていて、色んなCDを食わせたいというので、まだこんなのは聴いて無いのかな、というのをあれこれと聴かせる。で、こちらがパソコンに入れている音源なども併せて聴かせる。

REMの曲をどれぐらい覚えているのかと思ってかけた上の曲。
曲が始まる前、タイプを打つ音でもう当てやがった!

思うにREMの初期5枚は、私達兄弟にとってはもう圧倒的なものだったようだ。
それは、音楽が圧倒的だ、というのもあるけれど、それよりも、弟のヘヴィーローテーションぶりが「圧倒的」だったと言うべきだろう。

弟と私はふたつ違いなのだが、彼が高校を出て、浪人ののち美大へ進む87年3月まで、同じ部屋にいた。当然、殆どいつも、REMとスミスがかかっていた。お教のように(音階が似ている? いや、祈りという意味でも似ているのかも知れない)朝から晩まで耳にしていたら、しかもそれが18,9から21,2の間なら、一生モノになってしまうのも仕方がない。音楽そのものだけでなく、そこに何を込めているかに至るまで、REMは私にとっては、コステロ、XTCと並ぶインスピレーションの泉であった。

b0022069_1241529.gifこの"Document"というアルバム、"It's The End Of The World As We Know It"のプロモが何より印象的で、これを放送した後、(ベストヒットUSAの)司会の小林克也が、「彼等は今どき珍しい反体制的なバンドで...」と言ったのに軽い目眩を覚えたのを今でも覚えている。

反体制??

逆に言うとリリースされたこの1987年、もうロックにそんなものを求める風潮さえなかったのだ。その事実を、この「マッカーシズム」(50年代にアメリカで吹き荒れた所謂赤狩り)を甦らせようとしている当時のレーガン政権を糾弾している曲でまた印象を新たにする。そして、そのメッセージが87年に発せられていたことの重要性を思う。今のアメリカを考えれば特に。時代を超えたメッセージだった訳だ。

このアルバムにはもう一つ、代表曲"The One I Love"も収録されている。ワイアーの名曲"Strange"のカヴァーも忘れてはなるまい。考えてみれば、ここにあるムードがThe Penelopoesの1st制作時には我々兄弟を覆っていたし、音楽的にかなりインスピレーションを受けていたのも事実だった。C86以降の英国物より遥かに深かった彼等の音楽こそが、アメリカの音楽にも目を向けさせるきっかけでもあったのだ。

あの92年の段階で、日本でREMからの影響をはっきりと表明していたのは私達The Penelopesだけだった事を思い出す。特に1stアルバム"In A Big Golden Cage"はそうで、収録曲の"Sick Of You"や、"Love Without Radar"なんかはその影響が濃かった。

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その前に出したカセットにも入っていたこの曲達は、私の声のせいでそうは聴こえなかったかも知れないけれど、演奏的にはかなり影響を受けていた。それをきっちり残せた事を今でも誇りに思う。
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by penelox | 2005-11-19 05:15 | New Wave

阪神タイガースの歌(通称・六甲颪)

11/18

神戸のUHF局であるサンTVで放映されている「虎辞書なる!!」という番組がある。

同局所蔵の映像で往年の阪神の選手の活躍、試合を振り返る、というものだが、人気番組なのか、CSのスポーツチャンネルでも放映されている。大半は昭和50年代後半から60年代に集中していて、かなり見覚えがあるので、古いとは言え、そんなになつかしい感じはしない。

しかし、どうしてもビデオで永久保存版にしたいものがあった。
昭和50年代初めのスラッガー、田淵幸一の活躍と、不世出の大投手、江夏豊のノーヒットノーラン試合の映像である。それをこないだようやく録画出来たのでじっくり観た。

田淵というと、最近の阪神ファンからするとあの星野阪神での18年ぶりのセ・リーグ制覇時の打撃コーチ、浜中に「うねり打法」を伝授した師匠、という印象だろうか。また、少し前だと、主に西武ライオンズ時代を茶化したいしいひさいち氏による漫画「がんばれタブチ君」のイメージかな。いずれにせよ、選手としての凄さが今ではあまり伝えられてないのがもどかしいところ。

b0022069_1526524.gif私にとっては、50年に王(巨人)からホームラン王を奪った天性の長距離砲、「史上最も美しいホームランを打った男」である。51年に本格的な阪神ファンとなった私にとっては、彼の放つ打球の美しい放物線は永遠の憧れであり、夢であった。この番組では、これでもかというぐらいその、美しい放物線が描かれる。今観ると、ホント力が入ってる感じがしないのに、綺麗にボールが飛んで行く。この人しか真似の出来ない打ち方、まさに天才肌だったというのがよくわかる(そういう意味では浜中よりも今岡に似てる。フォームの美しい今岡、と言えばわかっていただけるか?あるいは力の入って無い、身体をデカくした中村紀洋か)。とにかく、ゆったり構えてスーッとバットが出る。ボールが衝突するのではなく、まるでバットに吸い込まれるような美しさ。そしてさほど激しい衝突も感じられないまま、打球は高々と夜空に舞い上がり、長い長い滞空時間の後、静かにスタンドに弾む...この時間を楽しむ事こそが田淵のホームランの醍醐味だった事を思い出した。彼の打席はまさに超人による、贅沢な異空間だったのだなぁ。当時みんなが真似したのも無理もない(笑)。同時に、当時のなつかしい選手も出て来る。藤田平のこれまた美しいバッティング、若虎掛布のがむしゃらさ、ラインバック、ブリーデンの外人選手...最近落涙してばかりである。

番組後半では、江夏豊の昭和48年の夏、甲子園での対中日戦、b0022069_15273370.gif延長11回をノーヒットノーランで投げ抜き、最後に自分のホームランでサヨナラ勝ちしたという、とんでもない試合。

私が阪神ファンしていて何が悔しいかというと、ひとつは掛布の引退試合を観れなかった事、もうひとつは江夏在籍時にまだ野球をさほど知らなかった事である。彼の強烈な印象はなんと言っても昭和54年の日本シリーズでのあの広島時代の「江夏の21球」であり、それによって阪神時代の「江夏伝説」の凄さを逆に思い知ったのだ。だから、阪神のユニフォームを着て快速球を投げ込む江夏が動いているのを観るのは、まさに個人的には歴史的価値がある訳で。伝説が目の前でプレーしているのだから。

何故かどちらもビジター用になってしまったが(笑)、ここにある画像は往年の彼等の勇姿。あっちこっちから引っ張って参りました。参考図書として、これらもぜひ。

b0022069_15283347.gif「左腕の誇り 江夏豊自伝」(江夏豊・著/波多野勝・構成)
「元・阪神 そしてミスタータイガースは去った」(中田潤他・著)
「新猛虎伝説」(田淵幸一・著)b0022069_15291364.gif

ふたりのスーパースターが、どうスーパースターだったか、読めばわかります。
ふたつめは特に、バッテリーをよく組んだダンプ・辻こと辻恭彦氏の発言が興味深かった。歳もだいぶ上なのに「江夏投手は・・・・でした」と、先輩面を一切せず、冷静な語り口ながらひたすら天才と一緒に仕事出来たことを誇りに思っているのがよくわかるスタンスなのが面白い。b0022069_15295444.gif三つめの本は阪神コーチとしての田淵氏なので、直接現役時代の事ばかり語る訳ではないが、理不尽な放出、四半世紀を経て復帰、優勝へと至ったその中で、彼の消える事のなかった阪神への思いがここで実を結んだ...その複雑な思いの軌跡が滲んでいていやが上にも熱くなる。今後の浜中の復活、成長を、外から見つめ続ける彼の視線も今なお興味深いだけに、阪神ファンは必読でしょう。

考えてみれば、阪神本、というのもたくさん出ている。いつかそれらも特集してみたいもの。


今回挙げた曲は、言うまでもなく、六甲颪(おろし)として知られる、正式名称「阪神タイガースの歌」。1936年(昭和11年)に作られ、今尚世代を超えて歌われ、愛される歌。こんな歌、なかなかありませんよね。

この歌についてはこちらも参考にどうぞ。
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by penelox | 2005-11-18 05:15 | 野球のことしか語らない場所

ウルトラ警備隊の歌(カラオケ)

from compilation 「ウルトラセブン・ミュージックファイル」(1999)

11/17

(mixiより転載、編集)
 
「ウルトラセブン」を脇から攻める

b0022069_21373322.gifこのあいだThe UndertonesのDVD、The BladesのCDとともに購入したDVD+写真集の「ウルトラセブン 1967」。

サイン会や怪獣イベント、撮影時のスナップ写真などに当時の世相、新聞のテレビ欄などをていねいに集めた写真集。そこに当時のソノシート・ドラマや、気ぐるみ制作プロセスのフィルムなどを、昨年の「ウルトラマンネクサス」で平木隊員役を演じた五藤圭子氏と当時「セブン」で監督もつとめた満田かずほ氏の軽快なナビゲーションによる貴重な映像資料DVDで辿る、本編抜き、資料的味合いの濃い一品。セブンが放送された時代、1967年(昭和42年)に思わずタイムスリップしてしまいそうな濃い内容にただただうなづくしかない。何とも手間暇かけたガッツ星人の気ぐるみ制作には思わずみとれてしまう。最近涙もろくっていけない。この後「セブン暗殺計画(前/後)」をもう一度観たのは言うまでもない(笑)。

「セブン」が放映されたのは昭和42年の秋からの一年間で、2歳になるかならないかの頃だから、正直リアルタイムで観ていたのかどうかは定かではない。だけど人生の一番最初の頃の記憶として、鮮烈にあるんですよね、当時の白黒のTVに映る「ウルトラセブン」の世界の記憶が。イカルス星人のけったいな姿。そして「リンジン」という言葉もここで覚えたのだ。もちろん「ニンジン」と一緒くたにしていて、だからニンジンを食べる時は警戒したものです(笑)。

それに、色々調べて行くと、格別になつかしいのは昭和41年から43,4年の間に放送されたとおぼしき番組の白黒の映像、そしてレコードやおもちゃに集中してしまうのだ。「怪奇大作戦」の主題歌の奇妙なエフェクトに鳥肌を立てて喜んでいた事を刷り込みのように体が覚えているのである。

これらが記憶の断片として転がっていて、いつもどうにもノスタルジックな彩りとともに甦って来ることを考えると、ふたつ上の兄の世界の影響の下、まだ現実と空想の区別も、まして物心さえついてない段階で、このあたりの世界に触れていたのは事実なのだろうな。そうでなかったら、こんな刷り込みに近い感覚など生まれる訳がないし。

今からすると奇妙に思えるかも知れないが、考えてみれば、当時の子どもの世界はもう、寝ても覚めても怪獣であった。怪獣で明け、怪獣で暮れる毎日だったのだ。日本全国の全ての子供たちが、この写真集にあるような格好で、「ウルトラマンごっこ」で野原を走り回っていたと言っても過言ではなかろう。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」がリアルタイムだとか、再放送だとかは当時は問題じゃなかった(当たり前だけれど)。私が住んでいた宝塚では、常に周りに同年代のみならず、上下で結構年齢差のある子供がうじゃうじゃいて、お互いに影響を与えあっていた。兄やその友達、そして知らない子供に引っ付いて行けば、結局また別の友達が出来て、そこでまた観た事もない怪獣の人形を見つけたり...ほっておいても色んな情報が入って来る、そんな環境だった。だからこそ幼稚園に入る前に、怪獣の名前なんかを覚えていた訳だし、字も読めたのだろう(特にカタカナ!)。その刺激たるや、今考えるとホント凄まじいものでした。

ウチの近所に関して言えば、当時家の前に宝塚映画の撮影所があった、というのも大きくて、夢や想像力を大いにかき立てるそんな場所が目の前にあったのは、ホントに運が良かった気もする。小学校に上がる頃に潰れてしまい、今ではここに映画会社があった事さえ知る人は少ないのだが、当時はここで映画を作っているというのが、なんだかとてつもなくときめくことだった。「夢」がまさしく目の前にあったのだから。

「セブン」はその、当時の映画産業の最後の煌めきをTVドラマ(当時はTV映画と呼んでいた)に焼きつけた感もあって、それがまた自分の子供時代たる昭和40年代の「建物が壊され、消えて行く昔」感へのノスタルジーと符合するのですね。


主人公モロボシ・ダンを演じた森次浩司(現・晃嗣)氏や、b0022069_21382647.gif女性隊員アンヌを演じた菱見百合子(現・ひし美ゆり子)氏の著書を併せて読むと、また「セブン」を別の角度から読めて面白い。なぁーんだ、そんなに考えないでやってたんだ、とか、軽くがっかりする事も多いけれど、それも含めて楽しい。作品というのは、作り手や作品そのものの質だけでなく、その時代や、受け手も含めてのある種の「恵まれ度」が評価を左右する要素が強く(それは自分でモノを作っていて強く感じる)、そうやって選ばれるかどうかには残酷ささえある。b0022069_21393214.gifが、作品を巡る作り手、受け手の間に成立する「幸福」な関係は、数限り無い「残酷」の上に成り立っていて、だからこそ興味深いのだし、人間存在の不可思議さを思い知らせてくれるのだ、とも言えるのでは...そんなことを最近、よく思う。







それにしても、ダンがデビュー前に一時宝塚に住んでいたなんて(しかも自分が生まれた頃)、そして「セブン」放映後にアンヌが宝塚映画撮影所に通ってたなんて、面白いなぁ。 ファンというのは、こういう、ハタから観てるとどうでもいいようなことに感動してしまうんですよね。



ここまでがmixiに書いた文章。

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上に挙げた曲は、ドラマ中で地球防衛の任にあたった、ウルトラ警備隊のテーマ曲。

それにしてもこの頃はホント、(子供が観るから、と)手抜きして無い、勇壮なマーチの名曲が多いです。
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by penelox | 2005-11-17 23:59 | 懐かしいテレビ番組/主題歌など