<   2006年 02月 ( 14 )   > この月の画像一覧

The Kids Are Alright / The Who

(mixi日記より)

2/28

疲れ果てている時は60年代で栄養補給するのが一番のようだ。
私にとっての昔から変わらぬエネルギー源であり、一番作曲的に影響を受けたアーティストのひとつ、ザ・フー。

特にこの頃はたまりません。 パワーコード主体のギターサウンドにメロウなメロディー、爽やかなハーモニー。 そこで終わったらただの甘いポップス。

破壊的ドラムで、ターボ・チャージされたエネルギーが強引にねじこまれて来る。
全く説明不能な、音の祝祭がここにある。 これぞ文字どおりの「パワーポップ」。

"The Kids Are Alright"
(from album "My Generation")

"So Sad About Us"
(from album "A Quick One")

"Heatwave"
(from album "A Quick One")

"A Quick One While He's Away"
(from album "A Quick One")

"Substitute"
(from compilation "Meaty Beaty Big And Bouncy")

"Pictures Of LIly"
(from compilation "Meaty Beaty Big And Bouncy")
[PR]
by penelox | 2006-02-28 23:59 | 60年代

Only You / Yazoo

2/24
(mixi日記より)

食わず嫌いのためのエレクトロ・ポップ講座(20)

4ヶ月も経ってしまいましたが、実はまだ完結してませんでして。
初めて御覧になる方に補足説明しますと、実は10月9日までダァーッと書いて、中途で止まってた特集なのです...と言ってももう大半知ってる限りの事は書いてしまいましたけれども(^ ^;)

YouTubeなんてスゴい物が登場したおかげで、どういう音楽なのか紹介しやすくなりまして、再開と相成りました。 PVを投稿されてる皆様、本当に感謝です。ありがとうございます。

...まあ、四の五の言わずに、観ていただいた方がよろしいですね。
80年代前半から半ば、エレクトロポップ隆盛時の英国を代表するソウル・ディーヴァ。
女性シンガーをフィーチャーしたエレポップと書くと、やはりこの2アーティストが挙がるでしょうか。

47.Only You / Yazoo (from album "Upstairs At Eric's"/1982)

48.Here Comes The Rain Again / Eurythmics (from album "touch"/1983)


どっちがどう、と言うより、かたくなにエレクトロ・ダンスミュージックを求めるヤズー(ヴィンス・クラーク)と、あくまで当時流行りのアレンジとしてエレクトロニクスを使っていた印象のあるユーリズミックス(デイヴ・スチュアート)。この音作り担当の男の資質の違い、それをまず感じます。

しかし考えてみれば、ふたりともフィアガル・シャーキーと絡んでるというのも面白い。スチュアートはフィアガルのソロのプロデュース。クラークはアセンブリーのVoに彼を起用。年代的にはアセンブリーが先。と言うことは、もしかしたらクラークの方法論をスチュアートが後追いで参考にして行った部分もあるのかも知れません。

ボーカリストとしては、若くして既にソウル/ブルースに依拠し、完成された本格派シンガーといった趣き、しかし業界的にはまだ真っ白ゆえの勢いがはじけるアリソン・モイエと、既に数年のキャリアを積み、自己の内面世界を凝視し、この段階ではソロとして立つ前のある種二人組としてのアーティストイメージにまだ頼っているアン・レノックス...そんな印象があります。

アリソンがアマチュア時代にソウル/ブルースを歌って来た「シンガー」としての経験がその個性の中核を成している印象なのに対し、アンのソウル指向にはそこに身も心も捧げたところから始まってる、というよりも、あくまで可能性のひとつという印象なんですよね。むしろ、そういった音楽を取り入れつつ彷徨の過程の中で何かを掴もうともがいている...「シンガー」と言うより「アーティスト」としての表現活動を指向するがゆえの不安定さをスチュアートがうまく纏めているというか、この頃は特に、男装の麗人的イメージ、匿名性で守っている感じですね。

実際のところ、アンはアリソンより7つも年上で、ユーリズミックス以前にパワーポップ/アートポップ的なNew Waveバンド、ツーリスツのVoとして(ここでは「シンガー」に過ぎない印象です)既に数年のキャリアがあり、おそらくそこでの経験ゆえに漂って来る要素がより濃厚なんでしよう。業界素人ゆえの無邪気さではなく、経験ゆえの苦悩。どっちが良いとかじゃなくて、どっちも自然な事として理解出来ますね。

アリソンのソウル/ブルース指向が活きるのは、やっぱりスローバラード。一方アンの当時の神秘さ、不安定さが音楽としてうまく出てるのはやっぱり"Sweet Dreams"やこの曲のような、マイナー調のメロディーをうまく纏めたポップチューンでしょうか。

結論、二人組というのはエレクトロポップによくある編成なんですが、男女二人組と言っても、内実はだいぶ違うこのふた組...当たり前と言えば当たり前ですね。

(注・冒頭のタイトルは、mixi日記内でwatanabeが書いていたエレクトロポップの特集の第20回ということです)
[PR]
by penelox | 2006-02-24 23:59 | New Wave

「ガラスの動物園」(テネシー・ウィリアムス・著/小田島雄志・訳/ 新潮文庫)

2/23

マイミクシィ(友人)になっていただいたAさんとのやり取りで、Cockney Rebelの1stアルバム"The Human Menagerie"のお話から出された本、テネシー・ウィリアムスの「ガラスの動物園」(The Glass Menagerie)を読了。

大昔にどこかで読んだのか、あちこちに既視感があるのだけれど、きっと気のせいだろう。戦前から戦後まもなくのアメリカを生きた市井の人々の姿が浮かび上がる...たぶん、こういう話が好きだから。

どこの国でも人間の思いは同じ。日常に埋没しながらも、夢を見、恋をし、家族を思い...なんと言うか、何十年経っても変わらない、人間の夢と現実のタペストリーが、染みます。
[PR]
by penelox | 2006-02-23 23:59 |

Hymn / Ultravox

2/22

(mixi日記より)

Hymn / Ultravox

from album "Quartet"(1982)

YouTubeは時代もあるのでしょうが、New Waveでも特にエレクトロポップやブリティッシュ・インヴェイジョンが隆盛の頃の作品がたくさん見つかりますね。
そんなMTV時代に相応しく、たくさんの凝ったPVを作っていた彼等。
アルバム"Quartet"からのヒット曲。

ミッジ・ユーロのベタなまでに人懐っこくエモーショナルな感性(ケルト魂と言っても良いのかも)が、汎欧州浪漫(=ニューロマ?)を纏って表出する世界。第二期ウルトラヴォックス。

やはり第一期のジョン・フォックスが率いた世界とはかなり違いますね。どっちも好きですけど。

こちらはその第一期、"HIroshima Mon Amour"、79年、
TV番組"The Old Grey Whistle Test"でのライブ映像。
アルバム"Ha!-Ha!-Ha!"(真ん中)から。

こちらはやっぱり工場の街の感性による、79年型テクノ・パンクって感じ。今聴くと歌い方でブライアン・フェリーにかなり影響を受けてる気もします。

第一期ヴォックスを卒業すると、さらにエレクトロポップ、アートポップをさらなるアートとしての高みに引き上げるべく邁進して行ったフォックス氏。ビル・ネルソンやデヴィッド・シルヴィアンにも通じますね。
シングル"Mies Away"、現在アルバム"Metamatic"(1980)の再発盤に収録されてます。
[PR]
by penelox | 2006-02-22 23:59 | New Wave

Let Me Go / Heaven 17

Let Me Go / Heaven 17

from album "The Luxury Gap"(1983)

YouTube、引き続き。
皆様、このPVはもう、チェック済でしょうか?
マイミクのTさんに以前いただいたプロモ集"Industrial Revolution"b0022069_16581097.gifにも収録されていた彼等の代表曲のひとつ。ヒューマン・リーグから分裂したシェフィールド・エレクトロ・ファンクポップ。

b0022069_16582376.gif新しさと古さ(昔から引き継いだもの)が共存した、まさに英国的な音だと思うのだけれど、そこに、置かれた環境、それに対してどう声を上げたか...それも含めて新しさと古さが共存していて、そこが今となっては 懐かしさも覚えます。

80年代前半、サッチャーの保守党政権下、英国New Waveバンドの多くは労働党支持に回った...84年の長期の炭坑ストライキにおいては、炭坑労働者支持のコンサートなども多く開かれた。効率重視のサッチャリズムを支持した日本(というより日本が影響を与えた)には、あまり詳しいところは伝わって来なかった。もちろんそれで政権がひっくり返った訳じゃない、それどころか、サッチャリズムは成功し、古き良き英国は消えて行った。 ともかく、古いものと新しいものがぶつかり合い、とりあえずは古いものが退場して行った。 しかしポップミュージックの役割の一端を見た気がした、80年代前半から半ばの英国ポップ。特に85,6年まではそういうぶつかり合いのムードと、何がしか社会とリンクしようとした作品が多い。 今考えると、英国階級社会への抗議も仄めかした、非常に左翼性匂うアルバムタイトル。古くて新しい。 そんな事もつらつらと考えさせます。

 
Mad World / Tears For Fears

from album "The Hurting"(1983)

watanabe "pure pop" 実とでも名乗りたくなって来た今日この頃(笑)。
YouTubeエレクトロポップ編、引き続き。

b0022069_1720401.gif英国バース出身の二人組の傑作デビューアルバムから。
"Pale Shelter"は結構知られてると思いますのでこちらを。
思春期の少年の懊悩がこれでもかと迫って来ます。
個人的には世界的ヒットとなった2ndよりこちらの方が思い入れがあります。





================================================



某生徒。入試に全部落ちて浪人決定し、しかも来年はさらに上を目指すと宣言していたのに、4月までは遊びたいと言う。これから旅行にクルマの免許取得と計画盛り沢山だそうで. . .ホンマに!! そんなんで受かると思ってるところが凄い。
大物なのか、何なのか、微妙な線である(苦笑)...。

自分が歳を取ってどんどん十代から離れて行くからなのだろうか...年々子供っぽく、幼稚になって来ている気がしてしまう。計画性がないというか...それ以前に自分で主体的に考える習慣がついてないというか。指示待ち族というか...しかし世の中、指示待ち族がやたら多いのも事実なんですよね。
だから、指示待ち族予備軍というべきか。

自分で何ひとつプランを立てられない人間が、追い込まれてギリギリになってからお願いしますと言って投げ出して来ても、こちらには何も出来ないのに。結局は自分で計画立てて、試練に打ち勝って行くしかないのに、そもそもやる気が起きないって...。
悲しい。

まあ、しばらく様子を見るしかないのかな。

上のmixi日記に書いてある、watanabe "pure pop" 実、というのは、渡辺ポップ実に引っ掛けています。

渡辺ポップ実とは80年代の朝日放送によるMTV放送時の、マイケル富岡、セーラ・ローウェルと並ぶ伝説(?)のVJ。
[PR]
by penelox | 2006-02-21 23:59 | New Wave

See You / Depeche Mode

See You / Depeche Mode

from album "A Broken Frame"(1982)

YouTubeで80年代のPVを堪能している深夜。
こういうものまでPCで観れるようになった事にただただ驚愕。
こちらはDepeche Mode、初期の名曲。

ゾンビーズなんかも思い出す、60's的な甘酸っぱい感覚と80'sエレクトロポップの出会いが、ひたすら懐かしい。
でも、懐かしいだけじゃなくて、音楽創りのヒントもくれる訳ですけどね。

Maid Of Orleans / OMD

from album "Architecture And Morality"(1981)

YouTube、引き続き。
実験を施したアレンジメントに東西冷戦の80年代という時代のムードをどうしても思い出すんです、特にこの頃までのOMDは。
それが、思春期だった自分の心象風景とリンクして、たまらなくせつない気分になります。 でも、このメロディーの良さはきっと時代を超えて届いて来るはず。


===============================================

YouTubeというビデオ投稿サイトが面白い。
特に80年代の音楽のプロモーションビデオが懐かしい。色々掘り出し物がありそう。

たぶん、いずれは(アーティストよりもむしろ!)レコード会社や放送局などに著作権で色々クレームを付けられて閉鎖されるのだろうけれど、またどこかで違うやり方で出て来るだろうし、こういうのは結局イタチごっこなんだろう。
ちゃんとこういうPVが紹介される、痒いところに手が届く番組が作られてたらここまで盛り上がらないんでしょうけどね。
[PR]
by penelox | 2006-02-20 12:00 | New Wave

「機会不平等」(斉藤貴男・著/文春文庫)

2/20

クラリスという薬を医者の処方より回数多めに飲むとようやく症状が引く。
ただし咳だけはしつこい。


この日の生徒さん、少しは学校に我慢して行くようにはなったようだ。基本的には素直で真面目な子だが、難しい年頃なのにうまく扱えない先生が担任らしく、それが彼にとってはあんまり良く無い結果になっている。


まあでも、昔から学校教育というものの抱える構造的矛盾-つまり、生徒ひとりひとりに対応する教育、というのは事実上不可能-というものはある。本当はそれを前提にして、ある程度どの層に照準を合わせ、どうベストを尽くすか、というのが大事なのではないだろうか。たとえば公立の中学なら、当然あまり成績の良く無い子を中心に考えるべきで、だからもちろん勉強のできる子は不満なのだろうけれど、それでもその子たちにもこんな教育が必要なことをわからせることも大事なんじゃないのか、と思ったりする。公教育の意義を理解させるというか。いずれしても、成績の良い子の多くは塾に通っている訳で、たとえばそこから私立高校に行っても良いし、たとえ公立高校でもまたそこから頑張れば良いはずなのだ。中学段階では、もっとも伸びしろが期待できるだけに、そこで腐らすようなやり方よりも(私立)、バランス良く色々経験し、色んな家庭環境や価値観を知る(公立)方が、その後の人生にプラスだと思うのだ。今まで、公立中学に行ったという理由だけで、アタマごなしに子供の人格まで否定するような親を多数見て来た。この風潮は、やっぱりおかしいと言わざるをえない。

悪平等主義などと批判が出るやり方かも知れないが、下を救うことで全体の平均値を上げる(やらしい言い方だが)方が、上ばかり優遇するやり方よりは、機会の平等、という公教育の側面として、より意味があると思う。何より、人間の可能性、というのを考える上で、長い視点でみて決して忘れてはいけない要素なんじゃないだろうか。

それに、そういう公教育の大事な部分-つまり、下を救って全体の平均値を上げることが、ある程度高いレベルの生徒を作ったという意味で、今の私立一辺倒の風潮よりも、まだ高度成長期の、公立もある程度のレベルをキープしていた頃の方が、より効率が良かった(洒落ではなく)んではないかと思う。平均的に優秀だったというか。だって今阪神間の某坊ちゃん私立(大学付き両K高)なんて、世間は知らないだろうが、その程度の低さはもはや常軌を逸している。私立一辺倒だからと言って私立の人材が高い訳ではないのだ。入学した途端、本当に自分のアタマで考えない怠け者の大量生産が始まっているのだから。

どうも公立=悪者と見立てて、猫も杓子も私立私立になっている昨今の風潮に危うさを覚える...そんな事をこの本を読んでいてつらつらと思った。
[PR]
by penelox | 2006-02-20 05:15 |

My Reflection On XTC (11)

from album "Black Sea"

2/19
(mixi日記より)

この4枚目となる"Black Sea"が、XTCのアルバムの中でも初期の代表作に数えられる理由は、もちろん色々あるのだけれど、

キーワードとして挙げたいのが「成長」。
曲作り、ライブバンドとしての洗練度、アーティストとしての存在感...色んな意味での成長があるけれど、ここではそのものズバリ、人間としての成長。つまり、初期においてユーモアを隠れ蓑にしていたシリアスなメッセージが、成長にともなって正直に吐露され始めたと思うからだ。もちろん最初の3枚にもメッセージは込められているとは思うけれど、ヘヴィーであるなしに拘わらず。 ただ、それを真正面から出す事に照れを感じていた部分はあると思うのだ。

そのあたりが、どれぐらい考える時間があったのかはわからないけれど、沢山の聴き手を意識する段になって、改めてその姿勢を問い直された...そこから、シリアスさとウィットがうまい具合に醸造され、バランスの良いメッセージとして、「ライブ・バンド」のスタイルで弾き出せたのがこのアルバムだった...それが初期の最高傑作と見る向きが多い理由じゃないかと思う。音楽だけでなく、歌詞、もっというとその背後にある思考に関して一歩進めた、一歩深まった感じが明らかにあるからだ。

アルバムの中には、陽気なオプティミズムが弾ける曲と、真剣に、(陰鬱までは行かないまでも)重く響かせて行く曲とがあって、その重い部分を構成する一曲がこれ。軍艦"Black Sea"の、船底部のパーツを成す作品。

「我々の肺の中に言語は存在しない」。

当時のXTCには多くない、ゆったりとしたテンポで、人間のコミュニケーシヨンの不十分さへの苛立ちを、独特の視点で歌う。 しかしそれはかつてのような、ユーモアにくるんだものではない。真剣に、伝えようと、真直ぐこちらを見ている。 メインとなる部分は、これぞブリティッシュロックというべきギターサウンドを展開。前作ではつんのめるようなカッティング主体だったグレゴリーのギターも、なめらかで壮大なソロを聞かせる。

一番印象的なのはブリッジ・パート。ヨレヨレにふらつき、音程をくずしたキーボード音でさえ、これはユーモアではなくて、言葉の無能さ、コミュニケーションへの失望感を表現したものだというのが伝わって来る。
ここでパートリッジはこう歌う(私の意訳)。

世界そのものが自分の口の中にあると思った
言いたいことが言えると思った
一瞬で思考は手に持った剣に変わり
立ちはだかるどんな問題もやっつけられるはずだった
...(中略)
だが誰も本当に言おうとしている事は言えないのだ
その日 話す事の無効さがもたげて来て俺は打ちのめされたよ
この事をインストゥルメンタルで演奏できたら良かったのに
だが言葉が邪魔をして...


「コミュニケーション」の発見、世界を手中に収めたかのような優越感、そして、立ちはだかる壁を前にしての失望、無力感。言葉がオールマイティーでない事を一瞬で知る思春期の困惑。俺と同じ事を考えてる奴がいる...そう世界中の十代が思った
としても不思議ではない。

私もそうだった。
言葉に乗らない思考、たくさんの可能性を切り捨てて、それでも「無能な」言葉を使って話さなければならない。人間のコミュニケーションとは、愛情にも蛮行にもなり得る、それでも勇気を振り絞ってやらなければならない、実は常にもどかしい、困難を伴う作業なのだ...田舎の高校生が、地球の裏側のロックバンドと、それも皮肉にも「コミュニケーションの不全」の歌を通じてわかり合えたと感じた瞬間であった。

最後、人の話し声のSEの中に、ハイハットを刻みながら曲が儚く消えて行く。何とも映像的。 これも、ライブバージョンが秀逸。最後、アルバムとは違ってスネア一発で止めるところに何かを象徴している気もしてしまう。
コミュニケーションへの勇気を、奮い立たせるための一発、「目を覚ませ!」とでも言いたげで。

============================================================

甥っ子の幼稚園の発表会。
コミュニケーションの大切さ、不思議さ、そして難しさというのを、色んな意味で感じた日。

その後mixiに書いた日記は、図らずもコミュニケーションについての話になってしまった。
[PR]
by penelox | 2006-02-19 23:59 | New Wave

Mr. Soft / Cockney Rebel

2/17

(mixiの日記より)

from compilation "More Than Somewhat: The Very Best Of ..."

b0022069_17223052.gif大変面白いベスト。 スティーヴ・ハーレイがCockney Rebel(コックニーレベル)を率いた70年代、ソロになっての80年代、そして90年代の作品。3つの時代の音源が、バラバラに並べられている。

特に面白いのは70年代。
コックニー・レベルは、72-3年頃から数年盛り上がった所謂グラムロックの代表格のひとつ。だから、この部分は、スウェードとかパルプとか...ナルシステイックなブリティッシュポップの系譜のルーツと言えますね。 ゆえに、ブリットポップと並べて聴いても全然違和感はありません(笑)。

ギターレスという特異なバンド形態で、音楽自体はバイオリンとオルガンを主体にした、むしろ変態ポップと呼ぶべき楽曲構造のものと、ストリングスやコーラスを配したスケールの大きな作品に分かれ、その上に子供のような意地悪さと無邪気さが同居した
ハーレイのボーカルが乗る。 まさに英国ポップの基本DNAのひとつと言える音楽。
上に挙げたのは1974年の2ndアルバム、"Psychomodo"からの変態モダンポップな一品。

彼等との出会いは、私の場合完全に後追いで、ニューウェーブものの後だった。だから、ありゃ、とちょっとビックリしてしまったのだ。ボブ・ゲルドフ(ブームタウン・ラッツ)やジョニー・ロットンにそっくりじゃないかと。

しかし真相は逆で、彼がそういったPunk/New Waveの人達に歌唱法で影響を与えたのであった。XTCもグラム時代、その影響を認めていた。

今聴くと彼の頼り無くも聴こえる(けれど色気と味のある)歌は、マーク・ポラン、特にティラノサウルス・レックス時代のスタイルに似ている気もする。で、彼のHPでバイオを見ると、最も影響を受けたのはボブ・ディラン...なんと!

ああそうか...確かにそう考えるとこの、コックニーレベルでのズラした歌い方はディランの影響を感じる。

こちらがスティーブ・ハーレイのサイト。

ということは、つまり、ディランの歌唱法を英国風にアレンジして引き継いだのがボランやハーレイであって、それがピストルズのあのヨレた歌い方にまでつながって行った訳だ。パンクとはグラムがそれこそ英国の地方の労働者階級にまで広がって行った動きだと言うような事をエドウィン・コリンズがかつて語っていて、ああ、そうかと思ったことがある。 考えてみればスレイドあたりとパンクの一部は自然とつながるし。

最近、音楽というのはバトンなんだな、とよく思う。最近はやりの音楽バトン、という意味じゃなくて(笑)。意識的であれ、無意識であれ、前の世代から何かを引き継ぎ、それをまた次世代に渡して行く...結局人間の営みそのものに、そういう側面がある訳だけれど。

80年代以降のソロワークとなると、あのヨレた歌は全く消え、オーソドックスなロックシンガー然とした歌唱法になっていて、それもまた興味深い。

こちらでSteve Harley & Cockney Rebel名義での76年の曲"Here Comes The Sun"(もちろんビートルズのあの曲)のTop Of The Popsでの映像が観れます。

================================================================

日本ではどうしても、まずジャンルありきで、それゆえに、どこにもピタッとはまらない音楽はちゃんと評価されたり聴かれたりしない傾向がある。それが非常に残念。

ジャンルやカテゴリーという枷(かせ)を取り払ってみると、どれだけ興味深い表現が世の中にあるかがよくわかる。

それは、人間の限りない可能性、というものを思い出させてくれることでもあります。
[PR]
by penelox | 2006-02-17 23:59 | 70年代

My Reflection on XTC(10)

2/12

体調さらに悪化。風邪を引かないで乗り切ろうと思ったが結局無理だった。昔はその事が腹立たしかったが、そうやって自分を責めても仕方がない。

JASRACへの申請用紙、家庭教師のレポート、その他諸々...書かないといけない書類多数。


2/14

本日、ニューアルバムの原盤をプレス会社に送付、合わせて録音利用明細も送付。
あとはデザインが届いたところでいよいよ正式発注。

だがしかし、一段落後の「ガクッ」がなかなか元に戻らず、体調悪いまま。どれだけ溜め込んでたか思い知る部分もある。

どうも年々疲れがデカくなっていて、回復が遅い...それが悲しい。風邪なのかただの咳なのか分からない。医者でもらった薬、殆ど効き目なく、咽と頭と鼻を行ったり来たりするだけ。

===================================================================

Rocket From A Bottle / XTC

from album "Black Sea"

完璧なポップソング。
自分にとっての完璧なポップソングの定義を考えてみる事ほど、時間のムダで、しかし実に豊かな行為もない。 勝手にそう思っている。

たぶんそれは、とりわけ陽気で、上向きな自己の内面凝視、対話につながるからだと思う。 そしてきっと、そういった行為を通じて、自己にエネルギーが与えられるからじゃないだろうか。 脳の快楽線を、ツボをもう一度辿って行く事で、体がきっと活性化のパターンを覚えて行くからじゃないだろうか...とか。 それは、無意識下で起こる、生きることへの祝福なのだ...とか。

だからこの事は、私にとっては実際にポップソングを聴くことより好きな事だったりする。聴いて電気が走った事を思い出す方が良いのだ。 実際にその曲が始まると、微妙なガラス細工のような完璧な瞬間が、いつも立ちあらわれるとは限らない。
まあそれであらわれなかったとしても、今度はそこでまた、完璧な瞬間を探し求めて、曲のコアをまた掴もうと脳が動き始める訳だ。

「完璧なポップソング」は、そうやって、何度でも楽しむことが出来る。


自分にとっての完璧なポップソングの条件とは何だろうか。

1.メロディーのまとまり
冗長でない、簡潔すぎず、複雑すぎず。そんな事はおくびにも出さないがよく練られた構成、いかにも仕掛けました、じゃない仕掛け。

2.歌詞とメロディーのバランス
夢と現実のバランス、と言って良いかも知れない。
歌詞が重すぎず、軽すぎず。何の歌でも良いが、現実が一瞬(一瞬で良い)夢に変わる瞬間を演出する歌詞ならば。 それは知性によって制御されていなければ成し遂げられない。猿が偶然塗り潰したのを抽象画と呼んだりするのとは訳が違う。 そして、それを上質のメロディーがうまく支えていれば。歌詞とメロディーが乖離してない事が肝要。

3.楽器、エネルギー、録音された音の質感のバランス
べースが歌い、ギターが弾き過ぎず、ドラムが的確で無駄のないリズムを刻む。アレンジ全体が曲を良くする方向に自然と向かっている演奏。相乗効果が生むエネルギー。
CDになってから、質感がずいぶん削がれた気がするけれど。

4.初めて聴いた時の自分の記憶
これが難しい。年齢も変わるし、同じ精神状態にはなかなかならないからだ。けれど、ぽっと予想外で鳴っていた時、その状況が永遠になってしまうことがある。それでまたその曲の引き出しが増えることもある。これに関してはまだまだ研究途上の変数と言える。

5.3分30秒
だいたいこれぐらいの長さの曲が自分としてはちょうど良い。3分以内だと短いと思うし、4分越えると長いと感じることが多い。

6.アルバムの収録位置
昔はだいたいアルバムトップがヒットシングルであった。だから、そういう意味ではA面1曲目は一番重要。次に重要なのはB面1曲目という気はする。が、完璧なポップソングはだいたいそこにはないのだ。 ひっそりと、目立たぬように、誰かに見つけてもらうのを待っている事が多い。
たとえばThe Jamの"Boy About Town"とか。
Elvis Costelloの"Busy Body"とか。
Squeezeの"Woman's World"とか。

7.そのアルバムの歴史的意義
これによって曲にブランド性が帯びて来る場合もある。逆に、一般的にイマイチと評されてるアルバムでも、一曲だけ取って聴くと光って来る場合もある。だから、あまりこれに惑わされないようにしないといけない。
たとえばThe Undertonesの"Chain Of Love"とか。

8.マジカルさ
これはメディアが煽った「上げ底」の場合も多いから、一番注意しなきゃいけない。また、速効性こそがポップの命という意見もあるが、私はそこに一定の評価はしつつも、そちらに偏った見方には与しない。だから、メディアが言う一時的な「マジカル」さは懐疑的になるべきだと考える。数カ月もしないうちに無責任に、軽薄に手のひらを返していても、誰も気付かない...マスメディアとはそういう流しっぱなしのシステムで動いているから。

だから、もどかしい。私が信じるマジカルさとは結局、場合によってはメディアの表出する「マジカル」のコアにある、たぶん書き手が(一瞬でも)本気で思った部分に影響をされた語彙を利用して、自分が曲との対話で見つけたものを語り、付け加える事によってしか表現出来ないのだ。本当は言葉にし切る事は不可能なのだ。

アルバムA面5曲目にひっそり収められた、しかし爆発の期待を秘めた、「瓶から飛び出すロケット」。Pure Pop Chartより引用。

「その中でもこの曲は、コンパクトにまとまった茶目っ気さえあるメロディー(サビに入る前にマザーグースにちらっと目配せさえする)、歌うがごとき見事なコンビネーションをみせる各楽器、鉄道を模したかのようなスネアとタムのリズムで恋することの高揚感をイマジネイティヴに描き出す最高のポップソング。これをシングルにしなかったのもまた、彼等らしい!」

この完璧なポップソングほど、文章はうまくまとまりませんでしたね(笑)。


=================================================================

某生徒さん、大学不合格。こういう、生を祝福するポップソングの事を書いてる日なのに、現実は...。

だけど、自分から報告しないもんなのかなあ、こういうのって。
気を揉んでるこちらが何か阿呆らしい。
俺だって大学はいくつも落ちた。気持ちをわかってやれると、思うんやけどな...。
[PR]
by penelox | 2006-02-14 23:59 | New Wave