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Robot Boy - Age Of Jets

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 音楽関係の話題がここのところあんまりなくて申し訳ないです。久々にリアルタイムの音楽情報を。

 Vostokのコンピにも参加しているバンド、エイジ・オブ・ジェッツのPVをご紹介させて下さい。


"Robot Boy"


 彼等はもともと英国ハルで結成されたのですが、1stアルバム"Go Go Gadget Pop"(写真)をリリース後、Voのマークが日本に移住。

b0022069_21215959.jpg現在は大阪を拠点に、マーク(Vo)にイタリア人ギタリストのラフ、そして日本人キーボーディストのグッチという多国籍なトリオ編成。クラフトワークやYMOなどのテクノをべースに、80'sニューロマ時代の英国ポップと90'sブリットポップがクロスオーバーして来る独特のサウンドを作り上げていると思います。

 それにしてもこの、PVにそこはかとなく匂う、サンテレビの深夜CMぽい香りが良い。音と組み合わせがとても興味深い!

 日本語によるブログもありますので、ぜひチェックしてみて下さい。

こちら
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by penelox | 2007-09-30 21:25 | Age Of Jets

古いようで新しい英国

17歳女子高生が候補者に 英労働党が抜てき 

【ロンドン27日共同】
英与党、労働党は27日までに、17歳の女子高生エミリー・ベンさんを次期総選挙の立候補者に抜てきした。10月4日にようやく下院議員の立候補資格を得る18歳に達するとあって話題となっている。エミリーさんは4代にわたり国会議員を輩出する政治家の家系に生まれたが、日本と違い、地盤の継承はない。出馬するウエストサセックス州の選挙区は野党、保守党の強固な地盤。


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 どうやら、労働党の大御所、トニー・ベン氏の孫娘なんだそうで。
 写真を見る限りでは、とてもしっかりした印象。基本的に社会民主主義路線の労働党だから、四世といっても、日本みたいな温室育ちの保守主義者(=差別主義者)ではないと思う。

 古いようで新しい英国、味なことをやります。

 しかし、上の「日本と違い...」の記述に苦笑。
 そんなことをしたら堕落し腐敗することを国民も政治家もわかっているのである。
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by penelox | 2007-09-27 12:23 | 日々雑感

最近読んだ本 - 2007年6月以降(4)

■指導者たちの現代史 イギリス現代政治の軌跡(黒岩徹・著/丸善ライブラリー)

 大変興味深い、戦後英国の歴代首相の通信簿とでも言える書。

 ちょうどブレア政権が発足して間もない98年に出た本であるため、当然その後のイラク戦争を巡るゴタゴタなどは出て来ないし、ブレアへの評価についても、今出たとしたら、批判的に付け足す箇所は多いとは思う。

 それでも、どう付け足そうとも、常に守られている一線があるような気がする。つまり、政治とは想像力であり、言葉であり、議論を重ねての妥協のプロセスであり、弱者への目配りであり...ということ。基本的にはこれらをいつも大切にしようとするリーダーを国民が選び、またそんなリーダーでないとみるやあっさりと別の政党、別の人間を選ぶ...これがイギリス政治の健然さであり、民主主義の根付き具合という気がする。そこには、たとえ失敗であっても、あるがままに受け入れ、反省を忘れない率直さ、次に活かそうとする懐の深さを持つ政治家がおり、またそれを求める国民がいるからこそ成り立つのだということがよくわかる。


「...しかしイギリスの政治家の自伝、評伝を読み進めるうちに、その面白さに気づいた。書き手が誇張している部分もあるが、たとえ自分の犯した失敗であっても、何が失敗の原因だったかを自省しつつ記録に留めていることである。なお影響力のあるといわれる日本の元首相の自叙伝が自慢に終始しているのを知った後だっただけに、新鮮な思いだった。伝記を読むことから歴史に迫ることが可能という発見は嬉しかった。...」(著者あとがきより)


 日本の元首相というのは、おそらく中曽根康弘氏のことであろう。
 それはともかく。

 こういうのを読むだに、乱暴なワンフレーズポリティクスはもちろんのこと、説得力のある言葉や粘り強い交渉力を持たない、なにより弱者の生活が何も思い浮かばない...そんな二世三世ばかりが、家業として「政治屋」になり続ける我が国の状況の不幸さが浮き彫りになる。何より、そんな政治家を選び続ける国民の民度の低さそのものが、(自戒を込めて)一番の問題なのだけれど。
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by penelox | 2007-09-26 12:03 |

Multicoloured Shades 少しずつ更新中

 しばらくほったらかしになっていましたが、レビューサイトの"Multicoloured Shades"を少しずつ更新しています。とりあえず一番新しいところでは、先日mixiに書いたXTCの"Skylarking"に関しての文章を、まとめて(一部加筆、修正して)アップしておりますのでよろしければぜひどうぞ。

こちら

 また、昔Pure Pop ChartというPenelopesのHPのコーナーで2005年から2006年にかけて書いていたものも、加筆修正して少しずつ載せていってます。まずはThe Blue Nile、OMD、The Bluebellsを5月20日以降に入れて行ってますので、こちらもぜひ。

なかなかコンテンツが充実しませんが、このブログともども、よろしくお願いいたします。
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by penelox | 2007-09-25 13:09 | 日々雑感

最近読んだ本 - 2007年6月以降(3)

■特攻隊と憲法九条(田英夫・著/リヨン社)

「...言論の自由というのは民主主義の根幹ですが、戦争を進める側からすると、その存在は邪魔になります。したがってあの太平洋戦争のまえはつぎつぎに言論の自由を封殺する手が打たれました。もっとも露骨だったのは、地方新聞一県一紙という体制に、権力側の手によって持っていかれてしまいました。いまでもその名残りは残っています。
一つの県に新聞は一つしかない。...」



1. 田英夫氏とは

 今年引退した元参議院議員による、自身の特攻隊経験、戦争体験、そして戦後のキャスターと議員生活を振り返った本。一応説明しておけば、田英夫(でん・ひでお)氏とはこういう経歴の方。


 1923年、東京に生まれる。祖父は貴族院議員、台湾総督を務めた田健治郎、父は鉄道省の官僚。1943年に学徒出陣すると震洋特攻隊に配属されるも終戦。戦後は東大経済学部を卒業後、共同通信記者、TBSのニュースキャスターを経て71年には参議院議員に転身。以後、今年議員生活にピリオドを打つまで34年に渡り議員活動を展開。
TBS時代のニュースキャスターは、日本におけるその手の番組の草分け的存在と言える。


2. 戦中派の親世代から謙虚に学んでいない我が共通一次世代


 こういう経歴であるがゆえ、強い反戦意識を持ち、現在のメディア状況に警鐘を鳴らすのはわかりやすいと思う。私自身、著者の苛烈な経験から来る憲法九条への強い思いというものが伝わって来た。たくさんの方に読んでいただきたいなと思う。

 しかし、あまりこういった本はきちんと読まれている感じがしない。たとえば、今の私と同年代ぐらいの評論家や知識人がちゃんと読み、受け止め、評価しているようには見えない。最近それを強く思う。


 彼等がこういった戦中派の人々の著作をわざと避けたり無視している感が強いのは何故であろうか。どうも、リアリティーに依拠した、市井からの反戦の声ほど無視する傾向があるのだ。まるで、いなくなるのを待っているかのように。

 そこには、もちろん保守派が多いからゆえなのかも知れないけれど、別の理由もある気がする。同世代だからなんとなく空気でわかるのだが、子供世代としての親世代への無意識の対抗心や反発心が作用しているのではないだろうか。

 これは日々、子供みたいに上の世代からの知恵に反発ばかりして謙虚に学ぼうとしない、エラソガリな割に何の深いポリシーも人生哲学もなく、短期的な結果ばかり欲しがり、ゆえにロクに子育ても出来ない、要はいつ迄経っても大人であることを受け入れられない同世代(共通一次世代?)の親達に接しているので余計実感として感じるのだ。また今日も子供をほっぽらかして夜中に遊びに行きやがったよ。母親の自分勝手な行動を嘆くおばあさまが可哀想になった...。

 戦中世代を親に持つ私達は、親世代のリアリティーに憧れと嫉妬、そして劣等感と反発心を中高生の頃持っていたと思う。それはその年齢ではある意味当たり前だし、一方で何かリアリティーのない受験中心の生活を振り返れば、そうなってしまうのは仕方ないことだった。しかし問題は、所謂メディアに登場する知識人なり識者というのが、いつまで経ってもそこからあまり成長してないように見受けられることである。親世代の戦争の記憶を十分に吸収し、その時代からの教訓を謙虚に学んだところがまるで感じられないのだ。ゆえに彼等は、そういった、市井の人々の記憶、家を失ったり、家族を亡くしたりした人々、戦場で悲惨な体験をして来た人々の立場に想像力を使い、その立場に立脚して物事を考えることがない。いつも権力の側、もっと言えば逃げ切る側でしか物を見ていないのだ。それとも、彼等は敗戦で損した立場の人々ということなのだろうか? たとえば石原慎太郎みたいな? 


 いずれにせよ、残された時間の少なさから、親世代の、記憶の中から引き出された危機感は最近ますます強くなって来ているのだろう、ここ最近、実にたくさんの本が出版されて来ている。ここで紹介した小田実氏の著作もまさにそうであったし、城山三郎氏の本もそうだった。

 もういい加減我々も大人である。ここはひとつそろそろ親世代からの記憶はちゃんと受け止め、引き継ぐべきは引き継ぐべきなんじゃないだろうか。そんな気がして仕方ない。


それはともかくとして。


3. 田英夫氏に関する記憶

 個人的出会いを書けば、小学生の頃、ベトナム戦争が終わり1976年に正式に南北ベトナムが統一された時の報道番組に、この人が現地からの中継で出演されてたのが最初にその名を知ったきっかけ。そこで父からきいたのか、あるいはその後、書斎に山と積まれていた朝日ジャーナルから辿り着いたのか、キャスターを務める番組でベトナム戦争に関して偏向した報道をした(つまり反米的であると)という理由で自民党に圧力をかけられて降板、TBSを辞め議員に転身した...そんな経歴を知った。

 その後の議員活動については、社会民主主義的、護憲リベラル的スタンスを取っておられたという以外には、失礼ながら正直あまり印象に残っていない。それは、政治姿勢に関しての評価-スタンスの一貫性について疑問視する向きもあったようで-ゆえなのかも知れないけれど、まぁ、むしろ私の不勉強が殆どである。ただ、特攻隊から生き延びた方だというのは知らなかったことで、そのあたりを詳しく知りたかったというのがこの本を手にした理由だった。



4. 昨今のTV事情の根っこにあるもの

 長くなるけれど、現在のテレビを見ていて誰でも思うこと-何故少しも民意を反映せず、何の政権批判もせず、くだらない総裁選をワイドショー化して流し、安倍を担いだ連中の責任を追求するどころか、相変わらずそんな電波芸者どもに世論誘導をさせ、テロ特措法延長がいかにも必要であるかのようなニュースばかり流しているのか-の原因の一端がよくわかる箇所があるので引用しておく。


「... もう一つ、テレビ局をつくってよろしいというテレビ局の認可権を日本はだれが持っているかについて、ほとんどの方がご存じない、気にされてないと思います。

 アメリカやヨーロッパ各国のような民主的先進国は、政府でもなければ国会でもない三権にかかわりのない独立した民間の組織が、無線局、テレビ局の認可権を持つ体制をとっています。つまり、電波というのは国民の共有物ですから、けっして権力側の持ちものにしてはならないということです。

 たとえば、アメリカなどでは連邦通信委員会(FCC)があり、アメリカの二大政党である共和党と民主党が推薦した人物を議会で承認して、五人の委員をつくってそのもとに数百人のスタッフを置いて一つの独立した機関があるわけです。これがテレビ局の認可をする。政府も議会も、もちろん大統領もこれに介入することは許されない、という
体制をとっています。

 ところが、日本は総務大臣がテレビ局の認可権を持っています。電波法第四条で、無線局をつくろうとするものは総務大臣の認可を受けなければならないという項目があります。

 そして、電波法第十三条で無線局は、つまりテレビ局も含めて五年に一度再免許を申請し、再免許を受けなければならないという規定があります。そのため、テレビ局が問題を起こしたときに、特に権力にとって都合の悪いこと、困ること、そうした報道などで問題を起こしたときには、総務大臣の権限で再免許を与えないことができるのです。
これは、世界の民主的先進国にはあり得ない、たいへん恥ずかしいことだと思います。

 じつは、私は、ニュースキャスターをしていたとき、その犠牲になった経験があります。ベトナム戦争の激しかった1967年(昭和42年)に、私はテレビの仕事で北ベトナムに行きました。それまで日本のベトナム戦争の報道はほとんどアメリカからのニュースを伝えるというかたちで、アメリカから見たベトナム戦争のニュースがほとんどを占めていました。ところが、相手の北ベトナムに行ってみると、その戦争は全然様子がちがっていました。実際はアメリカが負けそうになっている戦争だということを直感しました。それを「ハノイ 田英夫の証言」という番組にして放送しました。

 その放送の直後に、自民党の田中角栄、橋本登三郎といった、いわゆる郵政族議員という人たちが数人、私の所属していた東京放送(TBS)の社長以下幹部を呼んで、懇親会という名目で会を開いて、その席でTBSはなぜ田君にあんな放送をさせたのか、といって圧力をかけてきました。TBSの社長はひじょうにリベラルな人でしたから、「田君はうちの社の社員だ、TBSは報道機関だからニュースのあるところはどこへでも社員を出す、取材をするのは当たり前じゃないか」と言って、座が白けたという話を聞きました。が、それがきっかけで、自民党のTBSに対する圧力がつづくことになりました。

 最後は、私には直接関係のないことでしたが、別の取材班が成田空港の反対運動をしている農民のみなさんの実態を、いわゆるルポルタージュで、ドキュメンタリーでつくりあげようとしていました。ある日集会があって、TBSのクルーが取材していた農家のおかみさんたちもそれに出かけて行くというので、それならうちのマイクロバスに乗って行きなさいと一緒に集会場に向かいました。おかみさんたちは、小さなプラカードを持って割烹着を着てバスに乗っていたわけです。ところが、途中で警察の検問があって、TBSは「凶器を持った農民」を運んでいたという報告が警察庁にもたらされたのです。これを取り上げた当時の福田赳夫自民党幹事長が、オフレコの記者懇談で、なんと「このようなことをするTBSは再免許を与えないこともありうる」という発言をしたのです。

 これを聞いたTBSの社長は、翌日すぐに私を呼んで、「俺は言論の自由を守ろうとみなさんと一緒に言ってきたのだけれども、これ以上がんばるとTBSが危ない。残念だが今日で辞めてくれ」と言われ、私はニュースキャスターをクビになりました。そういうことができる体制、つまり法律が日本ではすでにいち早くできているのです。...」



権力に首ねっこを抑えられていては、言論の自由も何もないのである。
ちなみに文中に出て来た福田赳夫とは、今自民党の総裁選に出ている福田康夫の父親。
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by penelox | 2007-09-22 00:40 |

騙される不幸を繰り返さないために

 昨日の安倍総理の辞任について、識者(?)があちこちに色々書いているが、就任時はエラく評価していた宮崎哲弥が大朝日新聞に早速言い抜け臭い寄稿をしてたり、田原総一朗が彼を政治家いじめの被害者みたく書いているのがもう、早くもうさんくさい。絶対に騙されてはいけない。

孫引きになりますが、こちらを。

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魚住 僕はNHKの番組改編問題を結構取材したんですけど、そのなかでびっくりしたのは、安倍さんの問題発覚後の言動です。彼はテレビや雑誌に出まくって、ありもしないことを平気で言う。

 たとえば、『朝日新聞』の本田雅和記者が、夜遅くにいきなり安倍さんの家にやってきて、妻が「主人は風邪で寝込んでおります」と言ったのに「会ってもらえなければ取材拒否ということにしますよ」と言ったとか、インターホンを切っても延々と五分間もインターホンを押し続けたとかしゃべりまくっている。

 取材が「夜遅かった」というのは嘘です。実際には午後六時過ぎだということは朝日新聞社の取材用の車の運行記録にも残っています。安倍夫人が「主人は風邪で寝込んでいます」なんて言った事実もない。普通に「ちょっとお待ちください」と安倍氏に取り次いでいる。さらに五分間もの間、インターホンを鳴らし続けたというけれども、実際に取材したのは一五分間くらいインターホン越しに行われている。このインターホンは三分で、自動的に切れるようになっている。切れるとまた押して、向こう側が応ずればまた三分間話すという繰り返しです。五分間鳴らし続けたとか、相手が出てくるまで鳴らし続けたとか、向こうが拒否しているのに無理やり話させたとか、そういうのは事実と違います。大嘘なんです。

 しかし、嘘の言い方が、非常にうまい。私はこんなひどい目にあったんだと同情を引きながら訴えるやり方ですね。あれは一種の才能です。

佐高 いじめっ子なのにいじめられっ子。

魚住 子どもが叱られた時には、二種類の対応があるんじゃないでしょうか。一つの型は黙りこくって、聞いているんだか聞いてないんだかわからないような対応する子。それは小泉型の人間。安倍さんは、親や大人に怒られたら、目をウルウルさせて、訴えかけるような顔をして、相手の怒る気持ちを削いだり、同情を引くタイプの子どもですね。そういうマスコミ応対技術は、彼の最大の危機だったNHK問題の時に相当効果的だったし、これからも威力を発揮するでしょう。

 小泉さんの新自由主義政策で国民の大多数はかなり疲弊してきた。あれだけ、他人を蹴ちらかして金を儲けた奴がエラいんでしょという資本主義の論理がむき出しになると、国民を束ねようとしても束ねられない。

 ところが今回の安倍さんがソフトムードでやろうとしていることがもし成功したら、国民が束ねられて本当のファシズムになる危険があると思っているのです。安倍さんに対して、綿貫民輔さん(国民新党)が「小犬みたい」とからかっていたけど、あのちょっと毛筋のいい小犬みたいな人が、あと何年か政権を担って、慈父とか国父というイメージになってきたら、その時は本当に日本は終わりだな、危険極まりないことになるという感じがします。

金曜日刊「安倍晋三の本性」 (2006) 第6章「対談 安倍晋三の本性」(魚住 昭+佐高 信)より

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 小泉に騙され、今度は安倍だ。次に麻生に騙されないなんて、どうして言えようか。政治家はすべからく、自民だろうが民主だろうが共産だろうが徹底して疑うべきだと思う。そう言えば佐高氏は、騙される国民にも責任があるといつか書いていた。もっともだと思う。
そして、かつてこの方の文章を引いていた。

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「さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。
 私の知っている範囲では おれがだましたのだといった人間は まだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつ分からなくなってくる。 
 多くの人は だましたものとだまされたものとの区別は、はっきりしていると思っているようであるが、それがじつは錯覚らしいのである。 
 たとえば 民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中にはいれば、みな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもっと上のほうからだまされたというにきまっている。 
 すると、最後にはたった一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の知恵で一億の人間がだませるわけのものではない。 

(中略) 

 つまり日本人全体が夢中になって互いにだましたり、だまされたりしていたのだと思う。 

 つまりだますものだけでは戦争は起こらない。 
 だますものとだまされるものとがそろわなければ、戦争は起こらないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。 
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。」

伊丹万作(映画監督/1900〜46年) 「戦争責任者の問題」(『映画春秋』1946年8月号所収)より


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言うまでもなく伊丹万作氏とは、あの映画監督/エッセイストとして知られた故・伊丹十三氏の父。
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by penelox | 2007-09-13 13:41 | 印象に残った言葉

不思議な言葉達

■草なぎ剛の某CM

妻のために洗濯機を洗ってあげる、の言葉に強い違和感。
あげるって、アンタ何様やの。自分の洗濯機でもあるはずやろう? そう思ってしまった。もしかして設定か何かでこちらが勘違いでもしてるのだろうか? そんなエラそうに出れる理由でもあるとか(笑)。

 最近は、TVを見ていてこういう、非常識というか、アタマの中身を疑うようなセリフがやたらと多い。もしかして、書いてる人が病んでるのか? 各所に気配りしたらああいうセリフになるとか? 誰もチェックしないのだろうか。訳がわからない。

それに、もう言い古されているのかも知れないけれど、ジャニーズと吉本のタレントが多すぎる。
おかげで最近は見る番組がありません、本当に。


■小林麻央の某CM

きれいになりたい理由は地デジ対策、という言葉にまたしても激しく違和感。TV出続ける前提か。
品がない。非常識。図々しいやっちゃ。むしろもう出んでええがな。
もちろんセリフを読んでるだけなんだろう。
しかしだからこそ、喜々として出ている姿が余計痛々しい。


■安倍首相のテロ特措法を巡る発言

 自国の選挙結果では辞めないが、アメリカとの約束が守れなかったら辞めるって、これは一国の首相の言う言葉なのだろうか。

 この人が自国の民意とアメリカ政府の意向のどちらを大事にしてるかが非常によくわかる、そうとでも考えなければ理解出来ない、実に不思議な言葉。
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by penelox | 2007-09-10 10:26 | 印象に残った言葉

阪神10連勝

 いやぁ阪神強い。ついに首位に立ってしまった。
まさかここまで来るとは思わなかった。やはり、貧乏神の私が最近TV観戦出来てないのも良かったのではないかと(笑)。
 きっとネガティヴなエネルギーが送られてないんですわ(笑)。

 10連勝したというのは最近記憶にないなと思っていたら、なんと25年ぶりだという。
25年前といったら、1982年...安藤監督時代の11連勝ですがな。懐かしい。高校2年でした、確かあれは6月で、定期テストの頃だったと記憶している。野球ばっかり見んと勉強もしいやと、担任が言ってたな。最後はエースの小林が止めたんやったっけ。
 それはさておき。

 しかしこの先発投手陣で、打線に濱中、今岡、林がいないなかでこれだけ勝つというのは、ホント凄いこと、奇跡的なこと。これは何より岡田監督の勝負勘と、JFK(ウィリアムス、藤川、久保田)のリリーフ三本柱に負うところが大きい。もちろん、桜井選手のここへ来てのブレイク、5番定着も嬉しい誤算であった。彼にはぜひ、打率3割、HR2ケタを期待したい。将来のエースが上園であるように、将来の4番は桜井であって欲しい!

 連投続きの藤川球児が突然肩痛でも起こさないかと心配する私は、やはりマイナス思考から抜け切れない旧世代ファンなのだろう(苦笑)。

 今年はプレーオフか何かがあって、ややこしいのでよくわからないのだけれど、とにかくここまで来たら優勝して欲しいですね。それで、日本シリーズは、どうも甲子園が使えないらしいのだけれど、ドーム球場じゃなくて、普通の屋外球場で、昼間やって欲しいんだなぁ....その方がいかにも、昔ながらの日本シリーズという感じで、趣きがあると思うのだけれど。
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by penelox | 2007-09-10 09:49 | 野球のことしか語らない場所

最近読んだ本 - 2007年6月以降(2)

■中流の復興(小田実・著/ NHK出版・生活人新書)

 7月末の参議院選挙の日に亡くなられた、「なんでも見てやろう」や「ベトナムに平和を! 市民連合(ベ平連)」で知られる作家による、最後のメッセージ。
 

 ある世代では「朝まで生テレビ」などでのインパクトばかりでそのイメージを形成してしまっているのかも知れないが、私にとっては思春期の頃からずっとその行動に注目して来た人物。しかし、どういう訳か、その著書にお金を出して買ったのは、恥ずかしいことにこの本がはじめてであることに気付いた。

 いくらなんでもこれでは、ずっと注目して来たなんて言ってもまるで説得力がないのだが、それは、著者がいつもある程度近い距離にいて、その活動がいつも自然に届いて来ていたからかも知れない。特に震災以後の、隣町西宮を拠点として日本のみならず世界を飛び回る著者の活動ぶりは、いつも頻繁に届いて来ていた。いつでも著書は読めると、油断していた。

 だから今回の突然の死は、まだ何も受け取らないうちに行ってしまわれた...そういう、ちょっと待ってくれよと思ってるうちに突然部屋の電気が消されてしまったような、戸惑いであった気がする。

 そういう思いもあって、むさぼるようにこの本を読んだ訳だが、書かれていることは、中学生の頃に持っていたイメージと変わらない...いや、むしろ予想以上に開かれたもので、いわゆる一般的に言うところの「左翼的」なんていう視点では捉え切れないぐらい、スケールが大きいものだった。それはやっぱり、基本的に人間への分け隔てのない愛情、弱者への優しさ、普遍的なヒューマニズムが根底に流れているからだと思う。



...日本にもいろいろバカバカしいことがたくさんあるけれども、基本的には平和産業でやって来た国なんです。それは積極的価値だと、私は強く思います。日本にもいろんな軍事産業があるけれど、それは付随的なものだった。あくまで基幹産業だったのは平和産業で、それでここまでの豊かさを形成して来たんだということは、これはもっと声を大にして言うべきだと思います。...


...非常に大事なことは、日本はいろいろ堕落もしているけれど、少なくとも「平和国家」、「平和政治」だという事実でしょう。軍事政治の国をやめて平和政治の国になって、延々とやって来た。暗い堕落は山とあるけれども、そんなのどこの国でもあるんだし、そういうふうに考えていくべきではないかと私は思う。しかし、それを今こそ変えようとしている。憲法を変えて、軍事政治に変えようとしているわけです。...


...私があれで思い出すのは、前章でも紹介した1945年のイギリスの選挙です。チャーチルが宰相として戦争を勝利に導いたんですが、「鉄血宰相」だからものすごく強圧的にやりました。ヒットラーがあの人をうらやましがったのは有名な事実です。しかし、小さな人間が、そいつをクビにした。日本人にはできないと思います。戦争に勝たせた
んだから、チャーチルは戦後も行けると思ったけれど、イギリス人は冷然と、戦後はおまえみたいなやつはいらないとクビにしてしまった。無名の労働党に投票して労働党を勝たせました。そのおかげで、イギリスの社会保障政策が世界に行き渡ったわけです。われわれの健康保険まで含めて、全部そうです。
 今、小泉政権によってそれがズタズタにされたところですが、それでもやっぱり残っています。少なくともこれまでわれわれ貧乏人が助かっているというのは、イギリス労働党のおかげです。ということは、イギリスの名もない小さな人間がこれをやらせた。ものすごい革命的変化です。そういう革命が必要だと思う。だから、アメリカ合州国の中間選挙の結果は非常に大事だと思う。...


...私には、安倍首相の唱える「美しい国」には何の理想のかけらも感じることができません。そして、その理想のかけらもない「美しい国」の追求のなかで今、世界の人間の理想の土台となるはずの中流の暮らしが崩壊しつつあります。...




 引用しだすと本当にキリがないのだけれど、自分は関係ないと、そう思われる方にこそ是非是非読んでいただきたい、未来への示唆に富む内容の好著。
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by penelox | 2007-09-04 01:21 |

最近読んだ本 - 2007年6月以降(1)

■100人のバカ (岡留安則・佐高信・編著/七つ森書館)

 ずいぶん露骨なタイトルだが、元「噂の真相」の編集長岡留氏と現「週刊金曜日」社長であり経済評論家の佐高氏による本だということで、わかる方にはそれだけである程度想像出来る内容かと思う。TV/メディアに登場する文化人/作家/評論家/コメンテーターの面々の、特にその正体を怪しい/いかがわしいと二人が判断した人物を次々に俎上に載せ一刀両断するスタイル。当然、その人物への深く多面的な考察はなく、ひたすら短い言葉でズバズバ斬り捨てる(もちろんユーモアも込みだけれど)ので、心地良いとみる向きもある反面、一方的だと反発も招くことも予想できる。私自身、正直言ってここまで断じて大丈夫なんかいな...と感じるところもあるのは事実。人物についての説明が少なく、自分で確かめてない(確かめられない)事実の方が多いので、警戒心も湧くのである。

 でも実は、これが大事なのだと思う。要は日本の「知識人」と呼ばれる人々を一度疑ってみるきっかけにすればいいのだ。この本をあくまでとっかかりとして、あとは各自が各文化人の言説を各雑誌-「世界」、「論座」、「現代」から「Will」、「文藝春秋」「諸君」、「Voice」、「Sapio」、あるいは週刊誌のコラムなど(それにしても与党寄り/右寄りはやたら多いけれど...)で、立ち読みででも、少しでも自分でチェックして行ったら良いのだろう。たぶん著者の狙いも実はそこにある気がある。読者も加わっての議論の活性化 - それが、今の、特権階級的知識人による議論とひと事のように無関心か蚊帳の外に置かれるその他大勢、という構図のなかで全てが勝手に進行して行きがちな日本に一番足りない要素なのだろうから。



岡留 - 「噂の真相」的な発想で言えば、日本ってのは民主主義で平等だと言われてるけど実は違う。社会的な発言力がある人たち、オピニオンリーダーやパワーエリートたちがある種の階層を作っている。発言権のある人や社会的影響力を行使する人とフツーの一般市民に分かれちゃっている。そういう支配層の発言を批判したり揶揄したりすることがわれわれの使命ということですね。 




 この本のこの人への人物評価は偏っている、この人にはあまり関心ない、これはそう思う、これは知らない...そんな風にして、自分の物の見方がどのへんに位置しているのかもだいたいわかる訳だ。そういう意味では、日本のTV/メディア文化人/知識人のガイドマップであり、自分の見解のおおまかな叩き台になるとも言える。

 個人的には、宮崎哲弥、勝谷誠彦、橋下徹の三氏(正直今ではこの人達が出てるとTVをすぐ消す。たとえそういう芸-エラソガリ保守芸?-だとしても、あまりに嫌な空気、臭気を放っているから)をちゃんと扱って欲しかったけれど。



■自己チュー人間の時代(町沢静夫・著/双葉文庫)

 精神科医の書くエッセイ、新書というのはやたらと多い。そういった人達はたいていTV出演も数多くこなしている。この人もそうだし、和田秀樹、香山リカ、名越康文といったところは、誰でも必ず一度や二度はTVで見ていると思う。だいたいこういった人達の役割と言うのは決まっていて、精神科医の視点から現代社会を読み解く-簡単に言えば殆どここに集約されている。専門的な知識云々よりも、TVの宿命なのだろうけれど、わかりやすく読み解き視聴者を安心させる-そんな風に見える。

 もちろんそれは、何か事件があった時に専門家の意見をきくということでは自然な流れではあるのだけれど、しかしあまりにいつも決まった人達なのは、TV局にとっての使い易さゆえだろうとはいえ、ちょっと偏ってないかという思いがあるし、素人には踏め込めない精神科医という肩書きに守られた、権威付けされた言葉やイメージには、いつもその内容とは別に何かうさん臭さがつきまとう。なので、こういう人達がどういう人物で、どういう社会を希求、あるいは是としているのか...私割とこのあたりをどうしても本屋なんかでチェックしてしまうのだ。

 昔から興味深く読んでいるなだいなだ氏や、共感出来る部分が多く昔から親しんで来ている香山リカ氏に比べて、この人の本は読んだ事がなかったのだが、この扇り的なタイトルや、内容から感じるのは、色々と納得するところ、参考になる分析も多々もあるけれど、「オヤジ転がし」風かな、という印象もなくはない。また、少年による凶悪犯罪が特に顕在化した90年代末に書かれた本なので、そのあたりも少し差し引いて
読んだ方が良いのかも知れない。
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by penelox | 2007-09-02 22:26 |