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英国ヒットチャートで見るNew Wave (4) 1977年8月

 まずは先月の追加です。忘れちゃいけない人がいました!

I Knew the Bride - Dave Edmunds(26)
 ニック・ロウとの双頭バンド、ロックパイルでのライブから。デイヴ・エドモンズは60年代から活動していたベテランロッカーで、この段階で既に確固たる地位を築いてた訳ですが、Punk/New Waveの動きと結びつけられていた事実は記憶されるべきでしょう。当時ニックはスティッフを拠点にコステロのプロデュース、ソロワークと八面六臂の活躍でありました。

で、ここからが1977年8月分です。

Swallow My Pride - The Ramones(36)
 77年の2ndアルバム"Leaving Home"より。まさにどこから切ってもラモーンズの世界。オールディーズへの愛情が当時の英米のその方面のバンドを通じて一番素直に出ている彼等、もちろんNYパンクという、時代の象徴でもあった訳ですが、同時にどこまでもタイムレスでもあったんですね。80年代後半のUKギターポップの中でも再評価されてましたよね。

Spanish Stroll - Mink De Ville(20)
 ニューヨークのライブハウスCBGBのハウスバンドとして活躍した同地出身のウィリー・デ・ヴィルを中心とするバンド、ミンク・デ・ヴィルの同名1stアルバム(国によっては"Cabretta"というタイトルでもあるようです)から。これは映像がなくて音だけですが。

 彼等は聴いたことなかったんですが、実に良いですね〜。誤解を恐れずに言えば、スプリングスティーンに通ずる疾走感と、ニューヨーク・パンク特有の妖しい感覚が同居してますね。こちらはライブ

American Girl - Tom Petty & The Heartbreakers(40)
 この人も、単に元気なサザンロックというのにとどまらない、Punkに通ずるシャープな感覚がありますね。南部的な匂いのアメリカン・パワーポップの雛型という要素もふんだんに。

Do Anything You Wanna Do - Eddie & The Hotrods(9)
 キンクス、フーに影響されて活動して来たという、ドクター・フィールグッドやグレア・パーカー&ザ・ルーモアなどのパブロック/R&B的傾向のバンドと並ぶ人達。元カーサル・フライヤーズのグレアム・ダグラスが加入し、最大のヒットを記録。この時は"The Rods"という名前に縮めていたようです。疾走感がやはりPunkの影響であることを感じさせます。実に良い感じのロックンロールで、目新しさはさほど無いですが、良いバンドですね。

Gary Gilmore's Eyes - The Adverts(18)
 デヴォン出身のパンクバンドの、強く記憶されているシングル。タイトルの「ギャリー/ゲイリー・ギルモア」というのは、当時世を騒がせたアメリカの大量殺人による犯罪者で、自ら死刑を希望し、それがアメリカでの死刑再開に繋がったことで知られる(とwikipediaにはあります)。同年1月に処刑。タイムリーな内容という意味では、パンクのリポーティヴ(報道的)なポップアートという側面を象徴してるかと。

Looking After No.1 - The Boomtown Rats(11)
 ロバート・ジョン・"マット"・ランジ制作による1stアルバム"The Boomtown Rats"から。アイルランド出身の彼等を知ったのは、大傑作3rdの"The Fine Art Of Surfacing"(「哀愁のマンデイ」))で、その後辿って行きました。改めて見ますと、最初出て来た時、聴き手はきっと、パンクと繋がる感覚がフレッシュな半面、それ以前の音楽-60年代のブリティッシュビートやグラムロックのある部分-との繋がりも自然と感じたんじゃないでしょうか。確かレコードの帯やライナーにもスティーヴ・マリオット(当時ハンブル・パイ)やマーク・ボラン(T-レックス)、フィル・ライノット(シン・リジー)が絶賛、ボブ・ゲルドフは次世代のミック・ジャガーだ! みたいな売り文句がありましたね。多くのパンクと違って、過去のロックスターを支持する側につけたのは大きかったと思います。

 諸説あるようですが、ブームタウン・ラッツが登場したとき、音楽ライターが彼等を評して"New Wave"と呼んだ、これがひとつの定説となっているようです。おそらく想像するに、最初は、知的でシニカル、反抗的ながら、パンクよりもう少し開かれていてエンターテイメント性があり(パンクほど世間を敵にしてない、と言いますか)、エネルギー漲るロックンロールである彼等の音楽を一言で言い切るのにこの言葉が便利だった。それが、彼等だけでなく、この月にポツポツ出始めた似た傾向を持つ(古くて新しい)音楽全般(同7月にはスクイーズが地元のインディーからジョン・ケールのプロデュースによるデビューEP"Packet Of Three"を、10月にはXTCがヴァージンからジョン・レッキーのプロデュースによるデビューEP"3D EP"をリリースし、この流れは大きくなる一方でした)を指すのに便利ということで、この言葉が業界全体に一気に広まって行くんでしょうね。ただし、この後、"Power Pop"という言葉(79年頃のThe Knackの登場でのち主にアメリカのバンドに使われますが)も同じような意味で使われ始めたようで、両者の使い分けというのは曖昧でした。ですからまだまだ、のちの(ポスト・パンク/オルタナティヴ・ミュージック/所謂インディー・ミュージックなども加わった)"New Wave"という言葉の象徴するものにくらべると音楽的な括りとしてはさほど大きくはないですね。

(アルバム)

My Aim Is True - Elvis Costello(14)
 
 このアルバムから名曲をひとつどうぞ。彼の記念すべき最初のTV出演だそうです。

Alison - Elvis Costello

Live In the Air Age - Be Bop Deluxe(10)

()は最高位

 ビー・バップ・デラックス。ビル・ネルソン率いるこの非常に個性的なバンドの高い人気(この音楽が10位というのは凄い!)には驚きです。彼もNew Waveの広がりに大いなる貢献を果たした人物ですね。グラム/プログレ/モダンポップあたりに括られる彼等ですが、最後のアルバム"Drastic Plastic"(1978)なんかはもう、New Waveです。そこからの一曲を。

Panic In the World - Be Bop Deluxe

 そして何と言ってもこの月の目玉は、7月22日にリリースされたエルヴィス・コステロのスティッフからのデビューアルバム"My Aim Is True"の大ヒット(ナショナルチャート14位というのはインディーとしては破格でしょう)。すべてニック・ロウ制作による3月の"Less Than Zero"、5月の"Alison"と、2枚のシングルのリリースに続いたこのアルバム。古い音楽への知識、愛情が十分汲み取れる音楽でありながら、歌詞に横溢する知性と複雑な感情表現、芸名の奇妙なインパクト、そして彼自身が放つ厳しいオーラには、鋭い批評眼と、あきらかにPunkに通ずるものがあり、彼の登場でパブロックの流れ(過去)とパンク(現在)、そしてこれから来るべき新しい波(未来)が上手く結びついたのだと思います。アメリカ勢のさらなる躍進も含め、単純なパンクと括れない、しかしエネルギーとフレッシュさを持ったアーティストの登場により、いよいよ"New Wave"が始まる、そんな印象を強く与える、熱い1977年の夏でした。

Mink De Ville アルバム"Mink De Ville"
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The Boomtown Rats アルバム"The Boomtown Rats"
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Elvis Costello アルバム"My Aim Is True"
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by penelox | 2007-11-28 00:11 | New Wave

英国ヒットチャートで見るNew Wave (3) 1977年7月

 ようやく本編に入ります。それにしても、書いてるうちに色々と思い出して来て、どうも文章が上手くまとまりませんね、申し訳ないです。

 この月は所謂「パンク・ムーヴメント」がTVやラジオを通じて英国全土の大衆に浸透して行ってる段階と言えるでしょうか。まだNew Waveという言葉は公には出て来ていないようです。バンド自体の数は多くはないのですが、様々な「パンクバンド」がポツポツとヒットを放って行ってます。クラッシュ、ダムド、ストラングラーズ、ジャムといった主だったバンドが春にデビューアルバムをリリース、ひと段落し、次なる動きへ・・・という感じでしょうか。これが次第に、New Waveという大きなうねりになって行きます。

()は最高位

Pretty Vacant - Sex Pistols(6)
 そんななかで中心的存在でありながら、トラブル続きで10月までアルバムリリースがずれ込んでしまうピストルズ。最初の2曲にくらべるとちょっとインパクトが薄い方かも・・・多少好みが入りますんで、冷淡ですみません(苦笑)。楽曲、演奏自体は意外にオーソドックスなロックンロールという印象で、そこに乗る本気とも冗談ともつかない個性的なVoが奏でる悪意に満ちた歌詞が、まさに彼等たらしめてます。この年の2月に既に脱退(すぐにミッジ・ユーロらとリッチ・キッズを結成)してしまっていたグレン・マトロックの作曲能力や、ジョニー・ロットンという人の個性と才能は大いに買いますけれど、マネージャーの策略、ロットン氏の名前を売るための割り切りを抜いてしまうと、音楽そのものとしての評価というのはどうでしょうね。Punk/New Waveを語る際に抜かせない人達ではありますが、一瞬の破壊力という以上に評価する術を知らない書き手、というところで御理解を。

Roadrunner - Jonathan Richman & The Modern Lovers(11)
 ベルベッツの流れを汲むからか、ボストンの人達なんですが、ニューヨークパンクの一部として紹介されてましたね。アメリカのこういう動きは、英国とはまた違うフレッシュなもので、アメリカンNew Waveとして徐々に大きなものになって来ます。こういうスタイルの音楽って今ではとっても多いですよね。そういう意味では特に後のインディー・ギターポップの雛型と言ってもいいのでは。

This Perfect Day - Saints(34)
 オーストラリアで最初のパンクバンドのひとつと言われる、現在も現役のセインツ、アルバム"Eternally Yours"収録。後のスウェーデンのバンドの名前はこの曲から取ったのでしょうか。のちのフォークロック的な曲を覚えてますが、このあたりは聴いたことなかったです。

All Around the World - The Jam(13)
 マーク・ボランが紹介してるのが何とも感慨深い・・・。若き日のポール・ウェラー、曲はまだまだ荒削りですが、2枚目のシングルで早くもトップ20突破。

Prove It - Television(25)
 ジョナサン・リッチマンもそうでしたが、アメリカ勢が相変わらず健闘してるのが非常に印象的。これが英国New Waveの大いなるインスピレーションになるのは間違いないですね。

Something Better Change/Straighten Out - The Stranglers(9)
 "No More Heroes"と続けてのライブ。彼等のヤバい(?)イメージというのは、日本盤のレコードなどでやたら強調されていましたが、こうして聴くとコンスタントなヒットメイカーになる実力を感じます。やっぱりベテランだけにともかく音楽そのものが(悪い意味でなく)よく考えられていると思いますね。

(アルバム)

Face To Face - A Live Recording" Steve Harley & Cockney Rebel(40)
このバンドはグラム・ロック/モダーン・ポップの範疇に入っていた人達ですが、New Waveにはかなりインスピレーションを与えていますね。

Jonathan Richman & The Modern Lovers アルバム"The Modern Lovers"
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The Saints アルバム"Eternally Yours"
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The Jam シングル"All Around the World"
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by penelox | 2007-11-25 18:18 | New Wave

英国ヒットチャートで見るNew Wave (2) 1977年前半-PunkからNew Waveへ

 長々と前フリを失礼しました。
 個人的なところから色々と書きましたがNew Wave。それまでの音楽と何が違うの、どうやって成立したのってことになりますと、細部にこだわるとかえってそれ以前の音楽との共通項の方が見えて来たりして、なかなか簡潔に言い切るってのが難しいですね。だいたいのところで一番よく言われるのが、パンクロックが1976年に英国で起こり、それが77年半ばになるとさらに音楽的に色んな人達が出て来たのでPunk/New Waveという大きな呼称になって・・・というのもの。しかし、本当を言えばそれもひとつの見方に過ぎなくて、New Waveのオリジネイターはグラム・ロック、デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックらだとする意見もあります。79年あたりから登場するポストパンクと言われる流れには、正しい意味でのプログレッシヴロックとの繋がりもありますよね。パワーポップ(アメリカのそれとはまた違うものです。スティッフあたりの人達)と括られた人達の多くは実際はベテランで、パブロックと地続きでした。そもそもが英国パンクの中心的存在であったセックス・ピストルズ自体、ニューヨークのグラムロックバンド、ニューヨーク・ドールズからのコンセプトを(マルコム・マクラーレンが)そのまま持ち込んだと言われていますし、その後もニューヨーク・パンクと呼ばれた、大学生的なアート的側面の強い動きにいた人達-テレヴィジョンやパティー・スミス、トーキング・へッズ、もっと言えばそのルーツといえるベルベット・アンダーグラウンドやドアーズ、アメリカのガレージパンク-からのインスピレーションは大きいですし、英国勢特有の政治性の高さには74年頃の英国経済のどん底状態の影響もきっと加わっているはずです。とまあ、あまりに色々な要素がその底流には渦巻いてますね。そこが、今になっても興味の尽きないところでもあります。

 と言う訳で、とりあえずはパンクと呼ばれる動きから1年経ち、ひとつの山を越えてNew Waveと呼べる人達が登場して来る1977年夏あたりからの全英チャートを見てみようと思っているのですが、それまでの概略を。1976年の夏にストラングラーズとラモーンズがフレイミング・グルーヴィーズの英国公演の前座をつとめ、次の日のラモーンズのライブにピストルズとクラッシュのメンバーが登場、これが英国にパンクがもたらされた最初と言われているようです。そしてそれがチャートに反映されるのは同年12月の、御存知セックス・ピストルズによる"Anarchy In the UK"のヒット。これが38位を獲得、センセーションを巻き起こします。そこから半年後の77年6月に"God Save the Queen"が全英2位になるまでのあいだ、この動きに目を付けたレコード会社はたくさんの「パンク」シングルを発売し、メディアもフィーチャーして行く訳ですが、実際のところ、全英シングルトップ40にはあまり記録が残っていません。残っているのを書き出してみますと、こんなところ。

■1977年3月
The Pink Parker EP - Graham Parker & The Rumour(38)("Hold Back the Night"を核とする4曲入りEP)
(アルバム)
Damned Damned Damned - The Damned(36)
Marquee Moon - Television(28)

■1977年4月
White Riot - The Clash(38)
Marquee Moon - Television(30)
(アルバム)
The Idiot - Iggy Pop(30)
The Clash - The Clash(12)
IV (Rattus Norvegicus) - The Stranglers(4)

■1977年5月
In the City - The Jam(40)
Peaches / Go Buddy Go - The Stranglers(8)
Sheena Is A Punk Rocker - Ramones(22)
(アルバム)
In the City - The Jam(20)

■1977年6月
God Save the Queen - Sex Pistols(2)
Anything that's Rock'N'Roll - Tom Petty & The Heartbreakers(36)
Exodus - Bob Marley & The Wailers(14)
(アルバム)
Sneakin' Suspicion - Dr.Feelgood(10)
Tom Petty & The Heartbreakers - Tom Petty & The Heartbreakers(24)
Exodus - Bob Marley & The Wailers(8)

カッコ内は最高位

 のちのNew Waveに関わりがあると思われる人達も含め、いくつかは映像も加えてここにあげてみましたが、意外に少ないんですよね。もちろん、トップ40が全ての基準てはないですし、チャートインしないシングルでも重要なものは沢山あったと思いますが。おそらく、Punkというイメージだけでは危険な上に大した商売にならない・・・レコード会社とメディアの溜息がこの半年のあいだに広がったのが想像できますね。暴力的なイメージがあまりに強いと、逆にそれがマイナスになりかねない。これまでその暴力的イメージを上手く利用して商売しようとして来たけれど、結果を見ると・・・たぶん、そんな計算が売る側にもたげて来たのは事実でしょうね。まああざといと言えばあざといのですが、所詮売る立場はそんなもんですよ。ちなみに個人的にはまだ小学生だった私、覚えているのは、朝のニュースで、ロンドンでは若者が荒れてます・・・ということでこの動きがちらっと報道されていたことだけなのですが。ですのでこのあたりはみんな後から知ったことです、念のため。

 ただ、パンクのイメージがついていた人達でも、曲がちゃんと書けてると順調に滑り出していたのも事実のようで、それはアルバムの方を見て頂くとわかるのでは。ですから、そういうアーティストと長期契約を結び、アルバム主体で売って行こうとしている感じはあったんでしょうね。トラブルメイカーというレッテルが貼られてアルバムリリースに手間取っているピストルズを尻目に、ダムド、クラッシュ、ストラングラーズ、ジャムといった人達は、そうやって、今後New Waveの動きの核となって行きます。特にストラングラーズは、群を抜いたチャートアクションを示していて、その存在感は侮れませんね。そしてアメリカ勢の健闘。テレヴィジョン、ラモーンズといったニューヨークPunkの人達が熱い支持を受けているのは、次の動きと関係があると思いますし、トム・ペティーの人気は、グレアム・パーカーとともに、スティッフ・レーベルが出して来るような、パブロックと地続きのシンプルでルーツに根ざしたロックンロール音楽の支持者の層の厚さを思わせます(スティッフは76年に設立されたインディー・レーベル)。イギー・ポップもアルバムがャートインしているのが面白いですね。ボブ・マーリーも入っていますが、この人もNew Waveには物凄い影響を与えてますね。New Wave世代としては自然に馴染む音楽なのでは。

Television "Marquee Moon"(album)
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The Jam "In the City"(album)
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The Stranglers "IV (Rattus Norvegicus)"(album)
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by penelox | 2007-11-23 21:22 | New Wave

英国ヒットチャートで見るNew Wave (1) 私的New Waveツラツラ論

 New Wave。

 今では「80年代」と半ば混濁した形で、特定のアレンジやファッションに主に目が注がれ、時代のなかの一点景に過ぎないNew Wave。お前らは古い、新しいのは俺らじゃ、と言い切ったかのような大胆さが、恐ろしくシンプルでかつ、スパッとした切れ味ゆえに痛快で、私にとってはいまだに特別な響きを持つこの呼び名/カテゴリーですが、実際の所その動きの実態というのはどういうものだったのかというと、なかなか自分の中ではスパッと切れない。むしろいまだに結論を求めて揺れている気がします。私自身、本格的にそういった音楽の洗礼を受けたのは1981,2年頃なのですが、当時は、そう称された音楽はたった2つしか違わない(がとてつもなく大人に見えた)兄貴世代のもので、もう既にNew Waveのピークは終わってしまってるんじゃないかと、ひどく劣等感を感じたものでした。これはまぁ、世代にもよるのでしょうが。

 しかし、その後も「New Wave」と呼ばれる音どもは、変化し、音のバリエーションがどんどん広がり続け、あまりに様々なスタイルで、むしろアレとコレが同じはずがない、というぐらいになったにもかかわらず、興味深いことにそれは相変わらず「New Wave」と呼ばれ続けたのでした。もちろん商業的意図でそうなっていたことを無視することは出来ませんが、それだけではなく、ある何かを基準に聴き手がそう呼び続けたに違いない、それも看過できない気もするのです。

 そこでその基準とは。個人的にはまずはこういう見立てをしています、New Waveとは、今そう捉えられているようなひとつの音の傾向やファッションとしてのスタイルを指すものというよりは、もっと精神的な動きだったと。そしてそれは、アーティストやメディア/音楽業界の主導だけでそう意図して作り出されたというよりも、単なる従順な消費者以上の、もっと強い思い入れと幻想を持った若い聴き手/支持者の強い願いを取り込んで絶えず迷走し、拡大しながら進んで行ったものだったと。ですから、レコード会社/メディアの商業的意図、アーティストの意向、聴き手の支持という3つが、そのどれが主として引っ張ったという訳でもなく、お互いに引っ張りあいながら、当時の社会情勢を背景に動かして行ったものだったんですよね。その意味では、ビートルズがその中心になってこじ開けた若者の新しい文化的な動き、としての60年代とはまた異質のものだったと思うんです。彼等に匹敵するような大スターもいませんでしたし、そういうものを本質的に求めて動いていたのではない気がするんですよね。

 で、その特徴を当時の聴き手の側から具体的に言えば、まずは「違和感」、でしょうか。これはもちろん様々な側面から切り取れる言葉だとは思いますが、若者の現実への違和感、とりわけ当時の行き過ぎた商業主義への反感に根ざしていたかと思います。商業主義と言っても、実際は現代のその巧妙さとくらべれば、まだまだ可愛いものだったのかも知れませんが! ただ、それをパンクほど急進的/破壊的に訴えるのではなく、そんな姿勢を音楽そのものの質や活動そのものの中にメッセージとして込めて行く。ですから、歌詞がとても大事でしたし、たとえばインディペンデントレーベルでやることに重要性を見い出したり、活動スタンスというものの質への強いこだわりがありました。パンクのある部分を確実に引き継いだ反抗はあっても、より穏やかで漸進的だったとは言えますね。また、これが後々衰退して行く理由となったとは思うのですが、過去の音楽からのフィードバックはあるものの、過去の音楽に対する批判的な視点を出発点としているがゆえにその愛情を露骨には出さない(出せない)。むしろ、それをどう切り貼りするかに主眼が置かれた、遠回しの愛情表現であり、むしろ、知的営み的な要素が強い。政治的にはほぼ左翼(例外ももちろんありますけれど)で、進歩主義的、実験的(チャレンジ精神と言ってもいい)で、そして最終的には頑固な理想主義ゆえにチャート的にはさほど勝利出来ない- 今となっては青臭いのでしょうけれど、とにかくもともとは底流にこれらの要素を特徴として持つ音楽全般を指していたように思うのです。ここには、1967〜68年頃のポップカルチャーのある部分を引き継いだ、あるいは甦らせた部分も見出せるとも言えますけれど。

 当時こういうのを誰かがはっきり宣言していた、なんてことはあまりなかったのですが、当時のレコードで歌われている内容、インタビューなどを見れば、そういう気風があったのは間違いなくて、もちろんそんな考えが微塵もない人達、女と酒と薬物だけが目的(笑)という人達、ロックスター志向、という人達も実際はかなりいたとは思うのですが、そんな、それまでのロックとは違うんだという全体としての空気/枷がそれをあからさまにしないように上手く隠していたように思います。だからこそ当時の10代のある向きなら持っているであろう潔癖性、大人の堕落を憎む純粋な心を掴んだのではないかと。そして、初期New Waveのパワーポップも、いわゆるポスト・パンクも、ネオアコもネオサイケもエレポップもニューロマもポジパンも・・・当時の感覚として、これだけ雑多な音達がみんな同じNew Waveの中に括られていたというのは、どこかにそんな精神性で通ずるものがあるか、またはそう思いたい気持ち、連帯意識が聴き手の側にあったからではないかと思うんですね。それは言わば、聴く音楽は違えど同じ揺りかごの中にいるというような感覚で、それはもしかしたら、この時代独特の条件-まだ発展過程のテクノロジーが、世界をまだ遠いものにしていたがゆえに、外の世界への憧れを皆が持っていて、そしてそこに米ソ東西冷戦という社会情勢の中での核の恐怖が我々をひとつに纏まるための錦の御旗を希求していた-ゆえなのかも知れませんけれど。New Waveというと、どうしてもそのあたりが想起されるのですね。

 たぶん、80年代後半から90年代初めにレトロ的に過去の音楽がどんどん復権して行き、60年代も70年代も知らない世代が、屈託なくそういった時代に影響を受けた音を奏ではじめた時、精神的な動きとしてのNew Wave、それ以前のロックへの批評的スタンスを伴ったものとしてのNew Waveの役割は終わったように感じるのです。あくまで個人的な記憶ですが、それはたぶん、英国だとインディーポップとダンスミュージックが交錯した"Madchester"(マンチェスター・ムーブメント/インディー・ダンス)であり、米国だとパンクとハードロックを屈託なく混ぜたグランジが大きな分かれ目であったかと。80年代末から90年代初めというのは、世界的に激動の時代だったと思うのですが、それは音楽もそうで、何か大きな変化を求める気運というものがありましたよね。80年代半ば以降、New Waveの聴き手のなかでも60年代のみならず、ハードロックやアメリカンロック、プログレッシヴロックetcが雪崩を打って復権し、新しい感覚でリメークされはじめる・・・当のNew Waveバンドも含め、皆がそうやって過去の音楽に学び、ボキャブラリーを増やして行くと、精神的な動きとしてのNew Waveはその使命を終え、武装解除して時代の点景に収まって行った(最初は否定的な評価が強く、収まりが悪かったと記憶していますが!)気がします。

 そんな新しい変化の気風の後に待っていたのが、社会的には冷戦の終結からアメリカ一極集中の加速であり、音楽的にはブリットポップ(英国)やオルタナ(米国)という、業界主導がより強まった流れ、より権威にすがった流れだったのは何とも皮肉でした。もちろん、New Waveと称されたバンドのいくつかは活動を続けましたし、その後もさほどスタイルを変えなかった人達もいました。それに、今やまた長い年月を経て、New Wave的なアレンジは時折甦ったりもしている訳ですが、それはあくまで味付けの問題に過ぎず、New Wave自体の復権がなされたとも言えますが、過去のものとして、音楽史の1ピースにきっちり収まり、これからの音楽の源泉の一部になった、ということだとも言えると思います。ですから、当たり前ですけれど、精神的な動きとしてのNew Waveがまた同じ形で戻って来る事はないのでしょうね。むしろ、精神的にそれを受け継がれた他の音楽に目を向けることも大事なのかも知れません。

 とは言え。私は1965年生まれで、思春期にモロにそういうNew Waveな時間を生きて、いわばNew Waveを通して世界を見、New Waveの衰退を看取りつつ、その後それ以外の音楽にも浮気三昧をし(笑)、結局(New Waveへの思い入れを大きく残しつつ)良い音楽は全部好きですわ、という心境に至ったという人間なんです。ですから、たぶんここはこの世代特有かとは思いますが、どうしても育ててもらった恩もあり、時々墓参りに行かないと罰が当たるんじゃないか(苦笑)という気持ちが強くあるんです。ゆえに、この音楽ジャンルをつらつらと考えたり振り返るのはもう業のようなもので、やめたくてもやめられない。嗚呼、何と言う罪深き存在であることか、New Wave(笑)。

 そこで、ちょっとあんまり見かけない方法でNew Waveをツラツラと振り返ってみようかと思っています。それは、全英チャート・トップ40にどれだけNew Wave勢が足跡を残したか、というやり方です。こういうのって非常に偏っていますし、また、売れた売れなかっただけで見るのはある意味危険なんですが、それでも、まあこの精神的動きが、どれだけのことを成し遂げ、どれだけのことが出来なかったかを知る上でも、面白いかと思うんですよ。New Waveに関しては、いくら結論を出してもそれが結論にならない私ですので、実際殆ど知らないアーティストも振り返りながら、色々考えてみたいと思っています。
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by penelox | 2007-11-23 15:12 | New Wave

創作と演技


 
 ここ何週間か、少しずつだが歌詞の断片なんぞがアレコレ浮かん出来て、なんとはなしにいくつかの曲が動きだしている。結局のところ、秋のアルバムと、過去のお蔵入りになった曲をリメイクしたもののアルバムとをたぶん並行して作って行くことになりそうだ。どちらもいつちゃんと録音するかは、全く未定だけれど。

 秋の作品というのは、過去の作品の中で、歌詞的には一番落ち込んだ内容にしたいので、気分まで滅入って来て辛い。しかし、人間のある側面をデフォルメして出す、創作という行為には演技的要素も必要なのではないだろうか。言わずもがななのかも知れないけれど。

 それを思うと、演技を仕事になさってる方というのは大変なものだと思う。仕事が終わったら忘れる、という話をよくきくけれど、そうしないと重くて次に行けない、というのもあるのだろうな。私の場合、全部をコントロールしたいから、どうしても捨てて行けないところがあって、それが難しい原因なのかも知れぬ。

■■

 いわゆる一般的な週刊誌のコラムというのを、必ずチェックしている。全く好きでないライター/評論家でも、できるだけ全部読む、立ち読みだけれど。また、殆どが好きじゃない、というのも悲しいけれども(苦笑)。

ちゃんと読むのは、
週刊大衆の安部譲二氏、サンデー毎日の佐高信、松崎菊也氏あたり。安部先生がダントツに面白い。佐高さんは、何か意図があるのかも知れないけれど、かなり抑え目な気がする。

うさんくさいなぁと思いながら読むのが、
 週刊新潮、週刊文春の宮崎哲弥、福田和也の両氏(正直、どちらがどちらに書いているのが覚えられないのだが、これは両誌に殆ど違いがないからだと思う・・・)、週刊朝日の田原総一朗氏、サンデー毎日の岩見隆夫氏。

 最近は三宅久之氏と並ぶナベツネ応援団な感じの、岩見氏が(悪い意味で)気になっていたのだが、今週のコラムで案の定、身内に甘いという感じのナベツネ擁護をぶっている。この人も老害のひとりと言わざるを得ない。それにしても、三宅、岩見の両氏とも元毎日新聞である。あの鳥越俊太郎氏もそうだ。メジャーなところにいると、どんどん腰がひけて来るのか、それとも、もともとそういう人達なのか・・・よくわからないが、イメージ的なもの抜きで、本当にジャーナリストとして真っ当な仕事をしてる人っていうのは、大手新聞記者出身には殆どいない気がして、悲しい。

■■■

 もし、森田実氏や斎藤貴男氏、魚住昭氏あたりが連載している雑誌だったら、間違いなくお金出して読むのだが。
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by penelox | 2007-11-21 01:23 | 日々雑感

Mark Jet テレビに登場

 大阪のポップバンド、Age Of Jets(エイジ・オブ・ジェッツ)のシンガー、マーク・ジェットが本名でTVに出演した模様です。

・・・まずは御覧下さい。
たぶん朝のニュース番組です。

英国のマーク・リチャードソンさん、ジャンボタコヤキに舌鼓

Age Of Jets
album "Go Go Gadget Pop"
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by penelox | 2007-11-19 23:02 | Age Of Jets

最近読んだ本 - 2007年11月(4)

■老害政治 「希望も安心もない国」にするシステム(板垣英憲・著/光文社ペーパーバックス)

 細かいデータを元に、いかに老害がこの国の政治を覆っているかを立証。中国とアメリカの政界エリート達が実は大学時代からの友好関係を築いているということも含め、日本の国際的地位の今後についての暗い見通しも綴られる。統一教会からの政治献金など、大手新聞が常に避ける自民党議員と宗教団体との関係が特に興味深い。世襲、姻戚関係、学閥、政、官、財の癒着の長期化により、既得権益を守り抜くことだけが目的化・・・読めば読むほど、自民党政権というのがもはや賞味期限切れというか、生活習慣病になってるということを思わずにはいられない。何一つ明るい気持ちにさせない、しかしこれが現実。ぜひご一読いただきたいです。
 何も期待などしていなかったが、杉村太蔵が選ばれたのも所詮親が所属する業界からの献金目当てなのだそうだ。


 個人的に思うのは、かと言って、民主党がそれに代わるものに成り得ないこともこないだの小沢代表のゴタゴタで白日のもとに曝されたのではないか、ということ。今朝の朝日新聞のインタビューを読んでも、小沢代表には大連立することで国民が持つ危機感にあまり意識が及ばないようで。だから、もちろんまずは政権交代が起こらなければどうにもならないけれど、その後のことも考えれば、ヨーロッパ型の社民主義を標榜する第三の勢力というものをもっと大きな力にする必要がある・・・そんな気がしてならないのだが、どうなんだろう。音楽業界の、しかもインディーの末席にいる隙間産業純情派(苦笑)がアレコレ言ったところで何も変わらないのだけれど、ヨーロッパの人達と文化交流(音楽のこと)があると、弱肉強食のアメリカ社会とは違う、金儲けに終わらない音楽のあり方が根付いていて、それはやっぱり社会民主主義的な社会が前提なのではないかと、そう感じるのである。

 あと、ここで扱われているのは政治家だけだけれど、実際のところ、それを伝えるマスメディアを牛耳る面々の老害も相当なものだと思う。少なくとも、渡邊恒雄、田原総一朗、この両氏が一刻も早く退場してくれたらどんなにこの国の風通しが良くなるだろうかと思う。


渡邊恒雄(1926-)読売新聞代表取締役、会長、主筆。
81才。新聞業界の最高権力者であるのみならず政界における重要なフィクサーであり我が日本国の実質的支配者のひとり。政界のみならずプロ野球、大相撲にもしゃしゃり出る。創価学会池田名誉会長とも深い結びつきがあるという。本来は権力から一定の距離を置きその監視、批判をすべきジャーナリストなのに、あろうことかその権力とつるんで政治を動かすなどということを世界一の発行部数の大新聞を使ってやるのだから、呆れてしまう。この人に好きにさせている読売新聞社の人々の責任も大きい。暴言、妄言は数知れず。

あのじいさん面白いじゃない、と笑って済ませられる向きは、こちらをご一読いただくといいのではと思う。

「渡邊恒雄 メディアと権力」 魚住昭・著(講談社)



田原総一朗(1934-)
73才。日曜朝の「サンデープロジェクト」や月末の「朝まで生テレビ」の司会で有名。TVディレクター出身としての面白がり精神が高じて、ミイラ取りがミイラになった典型という印象。視聴率至上主義者であることを公言しており、職業病なのか、あっちを煽り、こっちを煽り・・・そうしているうちに自身の政治的立場が何だかわからなくなってしまった。

こちらもぜひご一読を。

「田原総一朗よ驕るなかれ」佐高信・著(毎日新聞社)
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by penelox | 2007-11-16 23:21 |

阪急対阪神、バスゴーラウンド西宮組 第1回戦


 あんまり語呂は良くないけれど・・・

 一応キンクスのアルバム「ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第1回戦」をもじってみた(苦笑)。

 しょっちゅう阪急、阪神の両方のバスに乗っていると、面白いことを色々発見する。
と言うのは、両社の微妙な関係のこと。

 2006年10月1日に阪急と阪神は経営統合されたのだが、会社の大きさは間違いなく違う。だから、明らかに小さい方が大きい方に飲まれた、ということになるのだが、もともと異なる地域文化に根ざした、違う個性をはっきりと持つ、それでいてライバルでもあったという微妙な関係を持つ両社であるがゆえに、単純に阪神を阪急色に塗り替えてしまうなんてことは出来ない。だからお互いに関係を模索してる感じがあるのだ。今のところまるで別の会社であるかのように運営されている感じなのだけれど、一応は同じグループなので、仲良くもしなくてはいけない・・・そのへんで妙に意識してるというか、働いている人達の態度が妙なのだ。

 特に阪神と阪急のバス路線が重複する西宮市内でバスがすれ違う時が面白い。阪急どうし、阪神どうしだと必ず運ちゃんは手を挙げて挨拶するものの、お互いは完全無視していたのが、いまではお互いに挨拶することになっているのか、そのへんの通達がどうなっているのか知らないが、何か徹底してなくてぎこちない・・・人によって挨拶したりしなかったりなのだ。何しろ、同じところにバス停があったりするぐらいである、難しいんだろうな。

 もう何十年も乗客獲得にしのぎを削って来た歴史があり、たぶん混じりあうはずのない文化を持つ両者が、今後どう変わって行くのか、興味深い。
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by penelox | 2007-11-12 23:55 | 阪神間随想

最近読んだ本 - 2007年11月(3)

■憲法「押しつけ」論の幻(小西豊治・著/講談社現代新書)

 タイトルで全てを言い表わしているのかも知れません。
 現在上映中の映画「日本の青空」の主人公にもなった憲法学者の鈴木安蔵。日本国憲法に大きく影響を与えた憲法研究会による憲法私案起草の中心的役割を果たした彼と、長野生まれのカナダ人日本研究者ハーバート・ノーマン、そして総司令部民政局の法律家出身であり日本の政治制度と明治憲法を研究し尽くしていたマイロ・ラウエル中佐。この3人を中心として、あの日本国憲法が、どのような思想的背景のもとに出来上がって行ったかが明らかにされます。日本国憲法はアメリカによって押し付けられたのではなく、明治時代の自由民権運動のなかで培われた思想が結実したものだ、と。そしてそれは、18世紀フランスの民主主義思想を下敷にした植木枝盛案、立志社案に立脚しているという。

「日本国憲法は、アメリカによって輸入され、押し付けられた、日本人の思想と乖離した法典では決してない。むしろ、明治以来の日本の伝統的なデモクラシー思想が、日本と総司令部双方の努力によってついに結実したものと見るべきなのである。日本国憲法の核心部分は日本人が生み出したものである。このことを忘れてはならない。」

 日本の誇りを取り戻すために憲法改正を! などと思われる向きにこそすすめたい本。憲法をしっかり理解し、守るべきところをしっかり守ることこそが、何より「日本の誇り」を取り戻すことになるのではないでしょうか。

 それにしても、これを読むと、以前読んだ白州次郎の本における憲法作成の時の話とだいぶ印象が違う。アメリカ側が、何をもとに憲法を書いたかをちゃんと説明しなかったからなのか、日本側もずいぶん感情的になったのかも知れない。
もう一度ちゃんと読まないといけないな。
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by penelox | 2007-11-09 22:08 |

最近読んだ本 - 2007年11月(2)

 この期におよんで、まだ読売新聞を購読する人間がいるというのが訳がわからない・・・
それはともかく。


■「非国民」のすすめ(斎藤貴男・著/ちくま文庫)

いま一番ちゃんと読むべき、現代日本を鋭く抉り続けている数少ない真のジャーナリストのひとりと思う。ぜひ読んでみて下さい!

 ただ、ちょっと気になったのが今売れっ子の佐藤優氏による巻末の解説。これが何とも奇妙というか、解説してるというより自説の売り出しをやっている。誰が頼んだのか・・・斎藤氏が依頼したのでしょうか。こんなところで解説者が保守派の立場から著者に反論してどうするつもりなのか(笑)。

それにしても、斎藤氏というと、いま以下のニュースが気になっている。

「キヤノンと同社の御手洗冨士夫会長は2007年10月9日、「週刊現代」掲載の記事で名誉を傷つけられたとして、発行元の講談社と執筆者のジャーナリスト斎藤貴男さんを相手に計2億円の損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こした。同誌10月20日に掲載の記事が「御手洗会長と『七三一部隊』とは特別な関係があるとの誤解を生じさせるもの」としている。」(2007年10月10日/J-CASTニュースより)

で、キャノンといえばこの、偽装請負

 今のうちに社会派ジャーナリスト(世間では左翼と呼ぶ)を叩いて、立ち直れなくしておこうということなのでしょうか。あり得ますな。
こういう記述もあるだけに。

「小沢に接近しているのは、自民党系の情報テロリストや老いぼれ老人ばかりではない。御手洗経団連会長も、小沢に急接近中らしい。お世辞を言っているだけではない。キャノンの偽装雇用問題で、証人喚問に引きずり出されることを恐れているからだろう。御手洗は、小沢に密かに接触し、小沢民主党への政治献金まで約束したらしいが、すべては、証人喚問に怯え、それをなんとか回避したいからからだろう。小沢よ、躊躇することなく、御手洗を証人喚問の席へ引き摺りだしてくれ(笑)。今回の政変劇で、自民党の周辺で蠢いている魑魅魍魎たちの「陰謀」と「謀略」は、ほぼ明らかになった。恐れることはない。」(文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』より)


そして、こういうニュースもあるだけに。

「日本経団連の御手洗冨士夫会長は8日、東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見し、福田康夫首相と小沢一郎民主党代表が党首会談で大連立を協議したことについて「残念ながら与野党大連立にはならなかったが、これを契機に政策協議に臨む機運が出てきたのは非常に良かったと思う」と、高く評価した。

 御手洗氏は参院選後の衆参ねじれ国会で法案が一本も可決されていない現状を「内向きで政局に明け暮れている」と厳しく批判。大連立に動いた小沢氏については「(参院第1党としての)責任を感じ、解決策に乗り出したと解釈する」と評価し、その後の辞意表明や撤回には触れなかった。」
(2007年11月8日 毎日新聞ニュースより)


 ナベツネ、森喜朗が仕組んだ自民と民主の大連立構想に高い評価を与えている人物・・・どこもかしこも実に嫌な感じだ。
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by penelox | 2007-11-09 21:21 |