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「世界」4月号 特集1 TPP批判 ー 何が起きるか 対談 TPPは社会的共通資本を破壊する

宇沢弘文x内橋克人 ( 書き写しpart1)

「平成の開国」を問う


宇沢 菅直人首相は、「平成の開国」と称して、日本がTPP(Trans-Pacific Partnership、環太平洋連携協定)に参加することを積極的に推し進めています。菅直人が「平成の開国」を叫ぶ時、おそらく「安政の開国」を念頭においていると思うので、まず「安政の開国」とは何だったのか、簡単に歴史を振り返ってみたいと思います。

 1853年のペリー来航以来、日本は欧米列強から開国を迫られ、そのプレッシャーに耐えかねて、1858年、大老井伊直弼が締結したのが日米通商修好条約です。「修好」とは古い言葉で、国と国の関係を修める、仲良くするという意味ですが、実際の中身は治外法権、関税自主権の放棄、片務的最恵国待遇を中心とする、極限的な不平等条約でした。

 つづいてオランダ、ロシア、イギリス、フランス各国との通商条約も締結されました。いずれも朝廷の勅許が得られないまま、直弼が独断で調印したものでした。公武は離間し、尊皇攘夷の運動は激化の道を辿ることになったのです。

 直弼は、1858年10月から翌年にかけて、尊王攘夷派の公家、大名、幕府役人を一斉に処罰し、吉田松陰、橋本左内などの志士を極刑に処した。安政の大獄です。
 憤激した水戸、薩摩藩の志士たちが、桜田門外に直弼を待ち伏せて、殺した。安政の大獄は、封建支配者内部の対立を激化させ、尊皇攘夷が幕府打倒に発展し、明治維新への道を開く事になったのです。

 しかし開国によって、日本の国内産業は、とくに農業を中心として致命的なダメージを受ける事になった。農村の窮乏、金(きん)の流出、物価騰貴、それに伴う社会不安が、不平等条約改正への大きな流れを形成していったが、関税自主権の完全回復は1911年はじめて実現したのです。

 その後も、列強に対する被害者意識が国民の心の深層に厳しく残って、暴虐な軍国主義の台頭を許し、アジアの隣国を次々に侵略し、最後には無謀な太平洋戦争に突入し、そして無惨な敗戦の苦しみを嘗(な)め、挙げ句の果てはパックス・アメリカーナ(アメリカの力によるアメリカのための平和)の卑屈なしもべとなってしまったのです。

 2009年9月の歴史的な政権交代の原点は、歴代の自民党政権が完全にアメリカの走狗となって、日本が守ってきた大事な社会的共通資本を次々に破壊してきたことに対する反発だったと思います。ところが、大多数の国民の願いを受けて成立した民主党政権が、見方によれば自民党よりももって悪辣で悲惨な形で、パックス・アメリカーナのために尽くしている。特に菅直人は、自らの政治的地位を守るために、マニフェストを次から次へとゴミ箱に入れ、政権交代のために一緒に戦ってきた同志とも言うべき人たちを次から次へと裏切り、さらにかつての自民党政権で最悪の役割を果たした人たちをアドバイザーにした、まったく許せない気持ちです。

 

内橋 全く同じ問題意識、問題提起です。
 1854年の日米和親条約、そして4年後の1858年の日米修好通商条約、いずれも「和親」とか「修好」とかポジティブな響きの政治言葉が使われていますが、その実質は、当時の国際環境があったとはいえ、まさに片務的、隷従的、屈辱的なものでした。その結果、全国各地で、たとえば兵庫県加古川市近辺の溜池が点在する地域でも、あらゆる農村工芸品が壊滅しました。貿易の担い手もジャーディ・マディソンなど、ほとんどが列強の商社であり、金融機関も香港上海銀行で、日本企業が絡むことは一切出来ませんでした。こういう片務的な条約を光り輝く「開国」と思い込むなど、稚拙の限りです。以後、近代日本が列強と真に対等な関係を手にするまで60数年もかかっている。その「第一の開国」に倣ってTPPで国を開こうと。そういう解釈自体、理解出来ない。
政治言葉で巧みにすりかえていますが、これは国を開くことではない。国を明け渡す。城でいえば落城です。さらに菅首相が当初、「第二の開国」といわず「第三の開国」と言っていたのも驚きです。彼の「第二の開国」とは何か、それは敗戦時だという。蒙昧とはこのことでしょう。

 私の「三つの異様」と呼んでいます。
 第一は菅首相の「開国」解釈。次に、「GDPの割合で1.5%(第一次産業)のたろに、98.5%が犠牲になっている」という前原外相の発言。これまたとんでもない誤認ですが、問題はどこで公言したかです。2010年10月19日に東京で行われた、アメリカのシンクタンクCSIS(国際戦略研究所)と日本経済新聞との共同シンポジウムの基調講演において、です。事実は全く逆で、犠牲になってきたのは農業の方でした。日米安保条約改定のあと、1961年以降、日本は90%以上の農産物輸入自由化を要求され、小麦、飼料用穀物、粗糖、大豆などの自由化を受け入れた。家の大黒柱を抜かれたも同然です。これを契機に日本の農業の衰退が始まった。ですから前原発言もまた、歴史を知らない人の発言であること、これが二つ目の異様です。

 三つ目の異様は、東京発マスコミです。あらゆる大手メディアがTPP大賛成。開国なければ亡国だという。記者たちもまた歴史を知らない。あとで詳しく触れますが、私は、TPPは1990年代半ばに突如持ち上がって問題になり、世界のNGOが潰したMAI(多国間投資協定)に思想性、戦略性において通底すると考えています。この事実に無知であること、私は奇異の念で一杯です。

 そのTPPに対して、いまは立ち上がってきましたが、都市の消費者・生活者が当初あまり敏感な反応を示さなかったのも異様で、それらをあわせれば「四つの異様」といえるのではないでしょうか。


宇沢 状況を見事に解説してくださいましたが、私は菅がTPPを「第三の開国」と言ってるとは知らなかった。そして日本の敗戦、それに続くアメリカの日本占領を「第二の開国」とは・・・。一国の首相の発言とは信じられません。

 1945年、日本の無条件降伏とともにパックス・アメリカーナが始まった。そしてアメリカ政府は占領終了後も日本を完全支配に置くために、アメリカの国益を忠実に守る日本人を選んで政治的指導者にすることを正式に決定した。アメリカが選んだのが岸信介だ。CIAの積極的な援助の下に、その後半世紀も続く政権政党を築きあげ、首相になり、日本をアメリカの植民地とするために狂奔した。最も象徴的な事件が日米相互安全保障条約の締結です。

 岸に代わって日本の実質的指導者になったのが、自民党外交調査会の中心的メンバーだった賀屋興宣です。賀屋とCIAの協力関係が極めて重要な役割を果たしたのは、ベトナム戦争のときです。ベトナム戦争中、アメリカは沖縄の米軍基地をベトナム爆撃の後方基地として、歴史上最大規模の自然、社会、人間の破壊を繰り返した。

 その関係で言うと、今度のTPPで私が本当にショックだったのは、ベトナムがアメリカと一緒に参加する意志を表明したことですね。この二つの国が、自由貿易の原則に従って、関税を全面的に撤廃して、同じような視覚で貿易、特に農産物の貿易に当たろうという。これほどTPPの反社会性、非人間性をあらわしているものはない。

 米軍がベトナム戦争で投下した爆薬の量は、第二次世界大戦中に全世界で投下された爆薬量の三倍を超え、その上大量に散布したダイオキシンが森林を破壊し、すべての生物に致命的な打撃を与えた。終戦から30年以上経ったいまも奇形を伴った赤ん坊がたくさん生まれています。特に東アジアの森林は農の営みに重要な役割ほ果たすのですが、ダイオキシンを大量に投下されたところには竹以外の植物の生育はむつかしい。

 そういうアメリカとベトナムが、農産物の取引について同じルールで競争するという。こんな悲劇的なことが現に起きている。ベトナム政府は、おそらく追い詰められて参加している。私は、農村をはじめ、日本の被害も大きいと思いますよ。それをよしとして、「第三の開国」という、全く意味のない、反社会的な、日本の恥になるような発言を公的な場で繰り返している菅直人を、私は許せない。


内橋 宇沢さんに怒っていただくことが大きな力になるのです。本当に憤っていらっしゃることがよくわかりました。私もそのような菅政権批判を続けたいと思います。

 国民の選択によって政権交代が実現したことで、国民は、今の民主政権を自分たちの味方だと思ってきました。ところがその中から出てきたのは与謝野、そして柳沢両氏。まさに旧自民政権時代の「財政改革派です。それが、表層では違う姿の「トロイの木馬」の中に潜り込んできて、与謝野がいまや菅に次ぐ力を政権内でも発揮している。

 ではその木馬の中身は何かというと、一つは極めて強いアメリカの意志です。1960年代から一貫してアメリカの国際戦略をつくってきたCSISは、ジョージワシントン大学の中にあり、米陸海軍の戦略にも関わるという、謎のヴェールに包まれたシンクタンクです。ヘリテージ系のシンクタンクがイラク市場化のための教科書をレッスン1からレッスン10まで作成したのと同様の役割を、今回担っているのではないか。前原外相はシンポジウムでまさに相手が欲している通りのことを言ってのけたわけです。

 もう一つは日本における経済権力です。もちろんアメリカのマネー資本主義との利益共有者でもありますが、徐々にさらけ出されてきた菅政権の本質でもあると思います。


宇沢 TPPは、官僚に完全にコントロールされ、官僚レベルで進んで、それに菅直人が食いついたものでもあります。菅直人という魚に餌をやったら、見事に食いついた。


内橋 突然言い出しましたね、「トッピッピ」と言われるほど突飛なことを(笑)。菅氏は首相になった直後の昨年6月に訪米する際、官僚筋の事前レクチャーで入れ知恵されて飛びついた。これからスタートする自らの政権の目玉政策になる、と。で、行ってみると、アメリカ側の意向と見事に一致した。TPPを受け入れる、日本での 対応は私に任せて下さい、と。自らの政権を支持させるためにアメリカとの取引があったのではないか。そういう説が流れています。その前の二月、キャンベル国務次官補が来日し、翌日訪韓した時に韓国からクリントン国務長官に向けて打ったレポートをウィキリークスが暴露しています。前日に日本で小沢に会ったが彼の路線はアメリカの世界戦略に合わないと。それでキャンベルは菅と岡田を推奨したという内容でしたね。

(続く)



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by penelox | 2011-07-27 13:03 | 震災/原発関連+社会全般


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