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雷蔵、雷蔵を語る(市川雷蔵・著/朝日文庫)

 少し前に入手、何度も何度も読んだ実に味わい深いこの本は、戦後の大映映画の隆盛を勝新太郎とともに二枚看板として支え、昭和44年夏にガンのためわずか37才にしてこの世を去った名優・市川雷蔵氏が主に後援会の会誌でファンに向けて書き綴った文章をまとめたもの。俳優のエッセイというと、たいていは実に軽いものかファンにしかアピールしない内容で、内輪向けとなると、ますます閉じたもののように思ってしまいがちだが、そういうものをイメージしていると、間違い無く驚くであろう。ここ数年で彼の多くの作品に追いついた、非常に遅れたファンである私ごときがここで声高に訴える資格などないかも知れないが、雷蔵丈の語り口は、誠実で率直、何より幅広い視野と勉強熱心さを支える謙虚で努力家な人柄が伝わって来る、非常に説得力のあるもので、単に俳優という枠を越えた人間的魅力をたたえたものとなっていて大変に印象的だったゆえ、ぜひぜひ読んでいただきたいなとお薦めする次第。仮に全く彼に興味のない方でも、戦前〜戦後から昭和40年代にかけて生きたある日本人の姿として、強く心に訴えかけて来るのではないだろうか。


 「・・・ご承知の通り映画は芸術であり娯楽であると同時に一つの企業として成り立っているものです。その企業の商品であるところの映画が興行的に成功する、しないは、以後の企画に対して重大な影響力を持っていることは今さらいうまでもないでしょう。今度の「炎上」がちょうど私の場合のそれなのです。ですから今ここで私が後援会の皆さんにお願いしたいことは皆さんの一人一人がこの映画を見てくださることはもちろん、二人でも三人でもお友達を誘ってこの映画を一人でも多くの人に見ていただくようご協力してくださることなのです。」

 「・・・もちろん私は「炎上」において誰にも絶対の自信をもって見ていただけるというような口はばったいことは申しません。ほめていただいても、けなしてもらっても結構ですから、とにかく一応は見てくださいとお願いするだけなのです。ただはっきりいえることは、自分として拙いながらこれまで身につけてきた力を継いだ最大限に出してこれに当たっていくという信念だけです。」
(昭和33年7月「「炎上」出演から・・・・・」)


 「・・・私もいつかは結婚して、子供を持つ親となることでしょう。その子をどう育てるかということは、なかなか難しいことですが、私は先日、大阪に出かけ、梅田から車に乗った時、ふと考えたことがあります。
 もし将来、自分の子供が生まれたら、駅からすぐ車に乗って、楽をして、自分の好きなところに行けるような人間としてではなく、満員電車の運転手席のわきで、しっかりと境の棒につかまって四囲の景色を眺めながら、元気に歌を唄っていくような子供に育てようと・・・・。
 ごく当たり前の苦労を知らないで、子供が育つというのは悲劇です。
 麦は踏まれれば踏まれるほど強くなるということは、私にとっても、私の子供にとっても、本当のことのはずだと私は思いました。」

 「・・・純粋に生きるということは、人間の一生を通じて忘れてはならないことですが、そう考えるあまり、時に死を選ぶ人があるのはどういうものでしょうか。
 どんな理由があるにせよ、自分のいいたいだけのことをいって死んでしまうとは卑怯です。人生の敗北以外の何ものでもありません。もっと自分の値打に目ざめなければいけないと思います。
 私も小さい時から何度も、人生の苦しい場面に立たされたことがあります。しかしそのたびに私は反発し、立ち上がり、生きてきました。立ち向かう相手が、強ければ強いほど、私の勇気は奮い立ちました。・・・」

 「人間の考えには、時間が必要です。一時に思いつめると、何もかも見えなくなるものです。自分を悲劇のヒーローのように考えないことが、大切だと思います。」
((昭和34年3月「私の愛と生活の条件」)


 「・・・もっとも若い人ばかりが責められるべきでなく人間としての良識については日本の国造りというもっとも重い責任を担うはずの政治もまったく行き当たりばったりで、いったい政治家たちは何を考えているのか私には見当もつきません。・・・毎年のように代議士団がわれわれの税金を使って渡米していますが、彼等はいったい何を見てこられるのか、これもまた不思議でなりません。」
(昭和37年5月「インターナショナル」- 日米比較から政治家への不信感に向かう。ちなみにこの年の3月に雷蔵は結婚しているのだが、披露宴には大映永田雅一社長とのつき合いもあるのだろうが政界から大野伴睦、岸信介、藤山愛一郎、河野一郎、川島正次郎、田中角栄といった錚々たる顔ぶれが出席している。さまざまな業界の利益が絡みある種衆人監視の「スター」であった事実を考えたとき、ひときわ痛烈に届く)


 「・・・常識とは人にも自分にも正しくあろうという心構えが必要で、人が間違っているから自分もやっていいという考え方や、人が見ていないからやってもかまわないという考え方は断じて排すべきだと思います。自分自身を大切に考え大切に行なうことが何よりも必要なのではないでしょうか。とかく悪いことはくだらないことが多く、くだらぬことは誰でも真似やすいものです。その反面、正しいことはなかなか行ないにくいものだといえますが、世の中をよくするため、日本をよりよい国にするためには、やはりこの正しいことを流行させるよう一人一人が心がけねばなりません。一人一人の体内にひそむ悪魔を断固として駆逐すべきだと思います。それにつけて考えられるのは映画の指導性ということです。「忍びの者」「天国と地獄」などの撮影を見るにつけても、映画制作者たちは映画娯楽を通じての強力な指導性をもっと認識してほしいと思います。いたずらに興味本位に流れたり刺激することばかりを考えるのは大変危険があると知っていただきたいのです。人間性のいい面を引き出すような映画の内容や傾向によって、日本の人たちを再教育するということもあながち不可能ではないと思います。

 単に映画が当たるとか当たらぬとかだけにポイントをおかないで、日本をよくする映画作りというのが、われわれ映画人に課せられた大きな使命ではないでしょうか。」
(昭和38年9月「ある流行」-みずから主演した忍者映画が原因と思われる犯罪の流行を嘆いて。映画産業の浮薄さへの注文も)


 「・・・私はこの一年間少し大袈裟にいえば俳優としての自分を犠牲にしても会社再建のために馬車馬のように、ひたすらつっ走ってきたつもりです。俳優としての私だったら、やりたくない作品も少なくありませんでした。しかし、会社を健全な姿に戻すために会社の企画するもの、私の出演を依頼されたものには、一応建設的な意見交換はしても結局すべてに出演して来て、決して破壊的な行動には出ませんでした。そうすることが会社のためになるだろうと、私として会社に尽くせる、ただ一つのことだと思ったからです。

 しかし、会社あるいは経営者には私の純粋で一途な気持ちでやったことがわかってもらえなかったようです。あるいはわかろうとしないのかもしれません。ですから来年度は、もう少し自分自身にも会社にもきびしくならなければ、いけないと考えています。もう十年になるのですから。しかしこれは自分のためだけのわがままを押し通そうというのでは決してありません。」
(昭和38年12月「シリーズ」-会社批判ともとれる発言)


 長々と引用したけれど、こんな内容の話を、わずか30前後で、上から押し付けるでもなく冗談めかすのでもなく、諭すように(そして時にズバッと)、柔らかな説得力でもって真摯に書き綴ることのできる俳優が、いや、日本人全体を見渡しても、どれだけいるだろうか。どこもかしこも下劣な妬みやひがみ、悪意や妄執に満ちた、心根の卑しさばかりが目立つ昨今を考えれば、人間としての品性というものの大事さを大いに感じさせられるのである。

 映画評論家だったか監督だったか失念したが、ある方が、役者・市川雷蔵の佇まいをして「爽やかな悲しみ」と形容していたことを記憶しているけれど、それはまさにいまはもう失われてしまった戦後日本人のある時期までの姿の一面そのものなのかも知れない。そんな生きざまを、大映映画の多くの作品に残された彼の演技だけでなく、演者みずからの文章によって深く分け入り、共有できたのは、何とも素晴らしい体験だった。映画俳優という作品のピースにとどまらない、幅広い視点と行動力をあわせもったこの大変な人物による本の味わいもまた、爽やかで悲しい。
by penelox | 2008-04-26 09:43 |


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